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その(2) [小説 < ツリー >]

                                第1章 その2

 祐介の住むアパートは都内から一時間ほどで、近辺には公園が多く夜間には殆ど人通りは見られない。足音を立てないようにそっと抜け出すと、いつものあの場所へ向かった。住宅街を抜けると中央公園になり、その公園を突っ切ると鎌倉古道という古い山道に出る。尾根伝いに伸びる細い道で暗くなれば通る人は誰もいない。昔なら追いはぎや山賊が出たとしても不思議ではない場所だ。

 祐介は慣れた足取りで進んでいく。明かりも無く足元は見えないが、危険なものは何も無い道なのだ。湿った落ち葉がやわらかいクッションとなって心地よい。その鎌倉古道から更に谷側に降りる細い道があり一人通るのがやっとの広さである。周囲は笹の中からクヌギの木が立っているのが分かるだけで、他に見えるものは空の星だけである。道がやや広くなったところに一本だけ場違いのように立派な桜の巨木があり、そこがいつもの祐介の場所なのだ。だが今日はその根元に花束らしき物が置いてある。

 祐介は髪の毛が逆立つのを感じその感覚は背筋から全身へと伝わった。祐介は一刻も早くその場から立ち去りたいと思ったが、よく見るとワインと煙草が封を切って置いてある。ワインもタバコも見たことがないものだ。目を凝らすとタバコはエクスタシーと読める。

 ここで誰かが亡くなったことは間違いない。そしてそれは事故ではなく自殺だと直感した。花束とワインと煙草が祐介に何かを語りかけてくる。今まで死者に何かを手向けるという気持ちがよく分からなかったが、こうして見ていると何かしら伝わってくるように思える。死者に何をしても無意味と思っていたが、もしかしたらこのワインや煙草を喜んでいるのかもしれない。恐ろしさから逃れるためなのかも知れないが、そう思うと不思議に親密感も感じる。

 手向けるものと手向けられるもの、肉体のある命とそうでない命。そんな風にも思える。桜の木を夜空に見上げると、幹の先端は明るい星を指し示しているように見えた。桜の命と亡くなった人の命と自分の命。そして先端に見える瞬く星。全く別のようだがこの空間ではそれらが溶け合うような感じさえしてくる。全ては混沌として明確な区別など何処にも無いのだ。現実も夢も怒りも憎悪もありとあらゆるものが祐介の中で煮えたぎり泡を吹き出している。

 宇宙を見上げる時に感じるのは、混沌がただ無制限に拡がっていく感覚。美しく壮大な宇宙なんてとんでもない、宇宙こそ不安と恐怖の源なのだ。その感覚は緩慢に命を蝕む生物となって胸の中にしこりのようにこびり付く。一度しこりが出来るとその呪縛から逃れることは出来ない。

 

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