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第2章 その(9) [小説 < ツリー >]

生命(いのち)の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき

生命(いのち)の暗号―あなたの遺伝子が目覚めるとき (単行本)

村上 和雄 (著)

 

                                第2章 その(9)

 小さなストーブだけの寒い部屋なのに、額にはべっとり汗をかいていた。あまりにもリアルな夢だった。まるで、本当に加代子を抱いたような気がする。時計を見るともう昼過ぎになっていた。一体俺はどれほど眠れば気が済むのだろう。いい加減、自分の習慣に嫌気がしてくる。

 昼過ぎに片岡さんが来ると言っていたのを思い出し、それまでに部屋の掃除と境内の掃除を片付けようと思った。風は冷たいが、天気もよいのでカビ臭い布団を表に出して干し、物入れから竹箒を取り出した。
 枯れ葉を掃き集めるのだが、風が吹くと掃いたところにまた落ち葉がたまりきりがない。
掃いても掃いても枯れ葉は掃いた分だけ落ちてくる。いい加減うんざりしかけた頃、下から車の音がして片岡さんがやってきた。
「よう、やってるね、これから海に行かない」
「海で何するんですか?」
「ヨット乗り」
「ヨット?あれって、夏に乗るものでしょう」
「いいから、いいから」
片岡さんは、いやがる俺を引っ張るようにして車に連れ込んだ。
「ウェアーとか全部あるから、心配しないでいいよ」
勝手な人だと思うが、憎めない。

 1時間程走ると港に着いた。プレジャーボート専用のマリーナではなく、漁船の中に混じってそのヨットは置いてあった。思ったよりも大きく立派な船体だ。
「今の時期に乗る人はここらじゃあまりいないけどね、たまに動かした方がコイツのためにもいいんだよ」
そういいながら、片岡さんは手際よく作業を進めている。乗ったらすぐに出発できるかと思ったら、あちらこちらのロープを繋いだり解いたり、なかなか忙しそうだ。コクピットという、舵のあるところでぼんやり辺りを眺めていたら、そこのシートを渡してくれとか言われる。どうも俺は下働きで呼ばれたようだ。
 ようやく一段落したのか、片岡さんがコクピットに来て俺の隣に座った。

「もうすぐ美緒が来るからちょっと待ってくれ」
「美緒さんも乗るんですか」
「あぁ、そうだよ、あいつが言い出したんだよ、この真冬に乗ろうってね。ヨットにはまるっきり縁の無さそうな顔してるけどね、あれでなかなかの腕前で、そこいらの駆け出しよりはよっぽど信頼できるよ」
しばらくすると、遠くから手を振りながら歩いてくる美緒が見えた。

「ごめんね、待った、準備オーケーね」
そう言うと身軽に乗り込み、さっさとエンジンをかけ、色々なところをテキパキと見て回りチェックを終えた。
「祐介君、船酔い大丈夫よね、叔父さん、行くわよ」
美緒は俺の返事を確かめもせず、出航合図を出した。片岡さんは要領よく舫ロープを解き、ヒョイと飛び乗った。エンジン音が高くなり、するすると岸壁を離れてあっという間に港の外に出た。

 港の外に出ると、2人は何も言わなくても分かっているようで、手際よく2枚のセールを揚げてエンジンを切った。ヨットは滑るように動き、ただ風の音と波の音だけの世界になった。
「なかなか気持ちいいもんだろう、少し走るだけで、回りになんにもない世界が味わえるんだ」
風は冷たいが確かに心地よい。

「海族って、このことだったの」
美緒に聞くと、
「そうね、これもあるけど、ちょっと違うかな」
美緒はしばらく景色を見ながら考えていた。
「山はね、頂上があるでしょう。そしてひたすら登って登って、最後は頂上。それ以上はないわ。始めと終わりがはっきりしてるし分かりやすい。下からだって頂上を見ることは出来るし、そこを目指すことが出来るでしょう。でも海は違うの。どこまで行ってもゼロメートル。底辺をひたすら進むの。上にも下にも行かない。頂上なんてどこにも見えないから、始めも終わりもない。とりとめが無く際限もない。果てのない世界なのよ。もう、うんざりするくらいよ。でも、行っちゃうのよね。どこかに何かがあると信じてね。私の海族はざっとこんな感じかなぁ。叔父さんも祐介君もそうじゃないかしら。サムシングを信じることが出来る人ね」

「それじゃぁ、まるで自分探しの旅だね」
「そうね、でも自分探しとは少し違うかもね。自分探しは弱虫のすることよ」

 

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