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第5章 その(11) [小説 < ツリー >]

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫) 

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                       第5章 その(11)

「かわれって、可奈子は死んだはずじゃ……」
「そうよ、私は死んだわ。でも私の命はなくなったりしない。あなたの記憶の奥でずっと生き続けてきたの」

「俺の記憶の中で……生き続けてきた?」

「身体を失った命はね、どこにでも溶け込むようにして生きることが出来るの。気に入った場所ならどこでもね、この桜の木の光に溶け込むことだって、空に瞬く星の光に溶け込むことだって出来るわ。傍らの石ころだって溶け込もうと思えば出来るの、そんな命は殆どないけどね。私は忘れられたくなかったの、絶対いつまでも覚えていて欲しかった。だから手紙を書いたわ、忘れられない手紙をね。
 私は恨んだりしてないのよ、ただ哀しかっただけなの。私のせいで祐介君も同じように哀しい気持を感じさせてしまったの。何故だかわからなかったでしょう。私が中に棲んでいたからなの。
 加代子さんに意地悪させたのも私。でも加代子さんはその度に強くなっていったわ。こんな話し信じられないでしょう。でも事実よ。誰でも中に誰かが棲んでいると思う。よく自分の行動を思い返してみれば簡単にわかる事よ。あの言葉覚えている?、良いときは守護霊に守られた事になって、悪い事が起きると憑依されたせいにするって話し。あれは私の言葉よ。要するにどちらにもなれるの、神様でも悪霊でも」

「俺はここに来たら死んでしまうかも知れないって思ってた」
「それもあるわ、でも難しい。祐介君の命が相当弱っていれば可能性はあるけど、そうでももないみたい」

「かわれって言うのは、俺が死ぬ事じゃないのか」


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