第5章 その(14) [小説 < ツリー >]
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第5章 その(14)
この場所は毎晩のように来ていた場所だが、妖しい光も見なければ、クヌギから人が浮き出てくるようなことはなかった。俺がこんな事になって見えるようになったのだろう。
周りをもっとよく見ていると、木から抜け出るように現れる人は一人や二人ではない。また、反対に自分の家に帰るようにクヌギに溶け込んでいく人も何人か見た。
若い人から年寄りまで、色々な服装、持ち物で現れる。一体この山でどれほどの人が現れているのだろう。そしてどこへ行くのだろう。あんなに簡単そうに見えるのに、俺はいくら身体を動かそうとしてもどうにもならない。
たしか、身体を失った命はどこにでも自由に溶け込めると言っていた。俺にだって出来る筈だ。心を落ち着かせ先ほど見た光景を頭に思い描いた。光のようになって、それから形が現れ、その形を整えて浮かび上がるように出る。
ゆっくりと思い出しながら自分の身体のイメージを思い浮かべた。 気がつくと可奈子と話していたときのように、自分が柔らかい光で包まれている。そのまま歩き出すようにイメージすると、光と共に動いているのがわかる。辺りを少し動いている間に光は見えなくなり、自由に動けるようになった。
やってみれば簡単なことで、イメージで自由に姿や持ち物を作ることが出来ることに気がついた。だけどどんな姿を作り出そうとも大した意味はない。身体を持った人間には見ることが出来ないし、存在にすら気がつかないのだろう。ただ、自分が動きやすいだけのようだ。
加代子や美緒のところにも行ってみたいが、それよりも、あの沢山の抜け出した人たちはどこに行って何をしているのか気になった。後から姿を現し歩き出した人の後から付いて行こうと思い、しばらく待った。
まだ若い女子大生風の女の子を見つけ、他の人と同じように後ろから歩き出した。
時間の感覚はなく、すでに夜が明けていることに気がついた。身体の感覚がないというのはこんなに時間の経過がわからなくなるのだろうか。
その子は同じ調子で歩き、まるで行き先が決まっているかのように見える。ジーンズに丈の短いブラウンのコートを着ている。肩から大きめのバッグをかけ、髪の毛は肩にかかるくらいに伸ばしている。次第に人通りが多くなってきた。後ろから見ていると殆ど区別はつかないが、よく見るとやはり違いがある。生身の人間は色々なものを身体から発散しながら歩いているのに、その女の子はそういった種類のものが何も感じられない。生気がないとでも言うのだろうか。
幽霊みたいだ。確かに幽霊なのだ。そして俺もその幽霊のようになっているのだろう。
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