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第6章 その(6) [小説 < ツリー >]

密教の本―驚くべき秘儀・修法の世界 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 1)

 密教の本―驚くべき秘儀・修法の世界 (NEW SIGHT MOOK Books Esoterica 1) (単行本)

 

 

 

                        第6章 その(6)

 これから何か儀式があって、加代子はそれに利用されるとか言っていた。まだ何かが始まりそうな感じはしないし、肝心の俺の身体がいない。確か、俺がリーダーで名前は棚橋源三郎と言っていた。とにかく無事な俺の姿を確認したい。俺の身体にさえ戻れればこんな処とは早くおさらばしたい。そうすれば何の宗教でも勝手にやってくれればいい。

 奥の部屋から物音がする。俺の身体はそこにいるのかも知れない。祭壇の横にある引き戸が動き、老人が出てきた。老人はゆっくり歩くと、祭壇の前に座り皆に声をかけた。

「皆さん、今日は真言天地流にとって記念すべき日となりました。先ほど東京から見えた、田川祐介君と、菊池加代子さんがその記念すべき主役です。まず、そちらにいらっしゃるのが菊池加代子さんですが、残念ながらまだ二根交合の儀式についてはご理解いただいておりません。本意ではありませんが、ご協力いただけるまでこちらに滞在していただくつもりです。その点皆さんのご理解を頂き……」

「私は彼に騙されて連れてこられたんです。そんな儀式に付き合うつもりはありません。すぐにここから帰して下さい」
 加代子は老人の話を遮り、大きな声で言ったが、皆の視線は同情するどころか、咎めるような眼差しでこちらを見ている。

「いつお帰りになってもいいんですよ、でもそうするとこの青年の身体とは二度と会えなくなりますよ。それでいいんですか? あなたの命を頂こうなんてつもりは無いんですよ、それどころか、またとない経験をさせて差し上げようと思っているのです」
 老人は穏やかな口調で話しかけた。まるで駄々っ子をなだめるような感じだ。
「よろしいですかな」
 唇を噛みしめ、睨み付けている加代子に確かめるように言った。
 
 悔しいが、加代子に帰られてしまうと俺の身体を取り戻せなくなってしまう。身体のそばにいてチャンスを見つけるしか方法を思いつかない。加代子もそのことをわかっているのだろう、それ以上老人に刃向かうことはしなかった。

「さて、もう一人の青年のお話をします。名前を田川祐介君と申しましたが、それは身体の名前でありまして、中にいらっしゃる魂は別の名前で御座います。その名前は皆さんよくご存知の、棚橋源三郎先生です」
 老人がそう告げると、皆、驚きと喜びの混じり合った表情を見せた。

「だけど、先生が亡くなられたのは戦時中で、場所もここではなくて東京の多摩村だったですよね、一体今まで何をされていたんですかね」
 少し腰の曲がりかけた婦人が訊いた。
「そうですね、それはまだ伺っていませんので、お出まし頂いて話して貰いましょう」
 老人は笑いながら応えると、引き戸の前にいる若者に合図を送った。

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タグ:密教
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