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第6章 その(8) [小説 < ツリー >]

考えるヒント (文春文庫)

 

 

 

 

 

                              第6章 その(8)

 天地流の極意が完成すれば、打ち出の小槌を手に入れたも同然なのです。全ては思いのまま、どの宗教も為し得なかったことが出来るのです。全ての欲望を叶えることが出来るのです。それが出来るのは、真言天地流の極意を知る者だけなのです。私が皆さんをその極楽世界に連れて行きます。よろしいでしょうか」

 広間にいる人たちは大きな拍手で応えた。どの人の顔も輝き、希望に溢れている。
「それでは」
 と、源三郎は話を続けた。
「この極意はどくろ本尊と呼ばれ、鎌倉時代の高僧が完成させたと伝わっています。しかし当時の鎌倉新仏教とは正反対の考え方で、激しく弾圧され、地下に潜る形で今日まで細々と伝えてきました。しかしそれも戦時中の軍部によって二度目の弾圧を受け、今ではこの山梨に残る信者の皆さんが最後の砦となりました。その皆さんの力で、真言天地流に伝わる極意を完成させたいと思います。」
 そこまで話すと、皆は先ほどより更に大きな拍手で応えた。

「今日より一週間、この場所で、二根交合の秘技を行います。この儀は、序の儀、現の儀、了の儀があり、それぞれ二日、三日、二日、会わせて七日になります。皆さんにはその間、交代で真言を唱えていただきます。今より準備を整え、今夜零時から序の儀を始めます」
 源三郎はそれだけ話すと、くるりと向きを変え祭壇に向かって真言を唱えた。

 源三郎が隣の部屋に引き上げると、信者はそれぞれ打ち合わせがしてあったのか、連れだって出かける者、台所に立つ者、裏口で作業をする者など、整然と動き始めた。行方不明になっていた後輩の三人は、源三郎に洗脳されてしまったのだろうか、加代子の両腕を掴むと、源三郎の入った部屋に行くように促した。

 一体いつの間に段取りを進めていたのだろうか、加代子がここに来たのは昼過ぎである。その時にはもうすでに信者は集まり、相談も出来上がっていたのだろう、余りにも動きが速やかすぎる。源三郎は何らかの方法で連絡を取り合っていたのだろう。それに俺が加代子の中にいることはおそらく見抜かれているように思う。何もかもが事前に用意され、計算されていたのだろうか、俺の身体を取り戻す方法はわからないが、加代子に危険が迫らない限りここにいるしかないように思う。警察を呼ぶことも出来るが呼んだところで、加代子が変人扱いを受けるだけかも知れないし、何の解決にもならない。

 加代子は言われるまま隣の部屋に入っていった。相変わらず、怪しげな霊体が辺りをうろついている。俺が加代子から一歩でも出ればどうにかしてやろうと手ぐすねを引いているように見える。全く油断のならない奴らだ。

 源三郎は部屋の中で古びた桐の箱を開けようとしていた。小さな声で真言を唱えながら紐を解き、うやうやしく箱を頭の上にかざすようにしている。後輩達は加代子を一緒に座らせ、半ば強引に手を合わすように促した。

 これから加代子に何をさせようというのだろうか、源三郎は箱を降ろすと中に手を入れ、紫の古びた布で包まれたものを取りだした。

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