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ひかる(11) [小説<物体>]

                               ひかる(11)

 画面には暗い駐車場と、その向こうに数本の樹木が陰のように映っているのが見える。それほど大きい木ではなくなく、せいぜい五メートルくらいの高さだ。時々何かが動いているように見えるのは、枝が風に揺れているのだろう。枝が揺れる度に研究員は身を乗り出すようにしたり、小さな声を出している。何も居て欲しくないが、このままでは安心できない。何かが居るのなら正体を確かめたいのだ。このままではどうにも動きが取れない。
 
 雨月物語の中に吉備津の釜という話があったのを思い出した。確か江戸時代に作られた怪異物語で、好色な夫に裏切られた妻が怨霊となって男を殺してしまう話だ。亭主は、耐えて耐えてひたすら尽くす妻を騙し、妻が苦労して工面したお金を持って遊女と逃げてしまったのだ。真心で堪え忍んできた純真が残酷に裏切られ、それがもとで重い病となり、心の底から呪って死んでいった。
 一緒に逃げた遊女は怨霊にとり殺され、自分は陰陽師を頼って助かろうとした。四十九日の間、小さな小屋に篭もり、身体には呪文を隅々まで書き、怨霊が中に入れないように至る所に護符を貼った。四十九日が過ぎれば怨霊はあの世へ旅立ち助かるのだ。怨霊は毎夜毎夜小屋の周りにやって来ては恐ろしい言葉を吐く。そして五十日目の朝が白々と明け、小屋の周りが明るくなった。亭主はついに自分は助かったと喜んで戸口を開けると、暗い空に青白い月が浮かんでいたのだ。そして軒先からは逆さの髪の毛が長く垂れ下がっていた。怨霊の罠に騙されたのだ。

 俺たちはこの物語の亭主と同じような気がした。遮蔽板が護符のようなものだ。きっとユーマは俺たちを騙して外へ連れ出そうとしているに違いない。だからモニターに何も映らないのだ。何もないことが一番怪しい。迂闊に外に出る訳にはいかない。外の様子が分かれば何とかなると思ったが、そう簡単ではないようだ。
 誰も口を開こうとしないのは、きっと同じように思っているのだろう。工藤さんも腕組みをして黙って画面を睨んでいる。

 考えればユーマも怨霊と似たようなものだ。恨みを持って死んだ人の命が、怨霊となって生きている人間に害を及ぼすというのは案外真実に近いものがあるのかも知れない。要は命の顕れるスタイルが違うだけなのかも知れない。
 昔の人が怨霊を怖れて神社仏閣を建立し、神仏に頼ったというのは空想でも幻想でもなく、何かしらの事実があったのだろう。ユーマという現実を目の前にするとそんな風に思えてきた。
 俺だってこの身体を失えば、もしかしたら見えない姿であちらこちらを動き回れるのかも知れない。

 後ろが騒がしくなってきた。聞き慣れない声はひかる君のようだ。乗っ取られそうになったときとは声が違う。
「ねぇ、みんな集まって!」
 祐子が呼んだ。

 

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