SSブログ

第1章06 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「マスターはカズって名前なんですか? それに紗羅さんって名前ですか?」
 祐介が訊くと
「そうよ、小林和己だからカズって呼んでる。六十五歳の年寄りよ。私は山辺紗羅って言うの、よろしくね。それから敬語はなしね」
 紗羅は、自分のことを人見知りだと言った割にはフレンドリーだ。
「親子? それとも親戚か何か?」
 祐介が訊くと、
「親子でも親戚でもないわ、赤の他人よ。でもね、父親みたいなものかしら。私が勝手にそう思ってるだけかも知れないけど。私の父の親友なの。父は小学校の時に亡くなったの」
 紗羅はそう言うとまたビールを口に流し込んだ。
「父親の親友なのか……それにしても仲がいいね。親子みたいだよ」
 祐介はそう言ってビールを一口飲んだ。
「そうね、カズは私のこと娘って思ってるかもね。だから私、我が儘になったのかしら」
 紗羅はそう言って笑った。祐介は親しげに話す紗羅を見ながら、遠いどこかで一緒に暮らしていたような気がした。瞳の奥を覗き込んだときに、心のどこかを締め付けられるような懐かしさを感じたのだ。紗羅も同じように祐介に惹かれる何かを感じたのだろうか。そうでなければ、酔っ払っていたとしても、ここまで連れてくることはないだろう。
 紗羅は大学の友達と三人で近くの居酒屋で飲んだ帰り道だった。定職にも就かず、恋人もいない紗羅を心配して飲み会をするというのが、仲間が集まる口実として定番になっている。実際のところは恋人の居ない紗羅が恋愛のアドバイスをして、最後は二人を元気づけてお開きになるのだ。
 今日もそうやって二人を励まして帰し、ビザールにやって来た。ビザールは紗羅が最後に行き着くところで、誰にも教えていない場所なのだ。カズも紗羅のことをわかっていて、余計な言葉をかけたりしない。紗羅の自由にさせている。
 店に入ると一番奥に男を見つけて紗羅は少し慌てた。終電を過ぎてこの店に客がいることは滅多にないからだ。しかも紗羅のお気に入りの場所に座っている。自分が見られたことに気づくと、俯いたまま奥に進み、横を通った瞬時に全てを観察し終えた。紗羅の判定は合格だったが、あくまでも見た目と醸し出している雰囲気だけだ。紗羅はこの雰囲気を感じ取る能力に優れていて、友達も時々紗羅を恋人に会わせて意見を聞くことがある。そこでアドバイスしたことはたいてい当たることが多いから友達からは信頼されている。ただし、当たるのは客観的に見ることができる相手だけで、自分の恋人となるとまるで盲目同然になって失敗ばかりしているのが紗羅なのだ。最後の恋からもう二年ほど誰とも付き合っていない。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ: