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第1章08 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「こんな時間に歌舞伎町に放り出されても行くところ無いしね、助かったよ」
 祐介も笑いながら応えた。本当は涙のことを訊きたかったが、そこまで踏み込む勇気はなかった。
「カズはね、あんまりここに連れて来たくないみたいなの。いつも朝になってからお母さんに連絡して怒られてるからね。私が連絡しても、カズに代われって言うの。まぁ、カズのところならお母さんも安心するみたいだけどね。普通は「娘が迷惑をかけてすみません」と謝るはずなんだけどさ、私のお母さんはそんな常識はないの。だから本当はカズがかわいそうなんだけど、でもカズはね、まんざらでもなさそうなの。きっとカズはお母さんが好きなんだと思うわ」
 紗羅はそう言ってまた笑った。
「昔からの知り合いなの?」
「そうね、生まれたときからの知り合い。だってね、私が生まれたときに病院に来たのは父じゃ無くてカズだったんだからね。父はどうしても仕事が抜けられなくて、それでカズに頼んだの。私が鳥だったらカズを父親だと脳に刷り込んだわね。そんな調子だから、父親参観日なんかもカズが来てくれたのよ。担任の先生は卒業するまでカズが父だと思っていたみたいなの。父はあまり話さなかったけど、カズも色々あったみたいなの。だからお互い様って感じらしい。カズは酔うとね、父に助けられたって言うことがあるわ。まぁ、そんな感じでね、父が亡くなってからは母も私も助けてもらったわ。こんなだけど本当は感謝しているつもりなのよ。いつも私の我が儘ばかりだけどね」
 紗羅はそう言うと、
「祐介さんのこと何か教えて」
 とビールを勧めた。
「俺は何もないよ。この年で失業中だからね。実家暮らしだから食うには困らないけど、将来性はどう見ても心細いかな」
 祐介はそう言うとビールを喉の奥に流し込んだ。
「なんだ、二人とも無職かぁ。似たもの同士ってことね。なんかね、シンパシーを感じたのよね」
 紗羅は嬉しそう言った。
「紗羅さんも?」
 ずっと無職では無いけどね。時々バイト生活よ。まぁ、三ヶ月ほど続いたらいいとこね。それでしばらく休んでまた別のバイトを探すわ。私も母と同居だからなんとか暮らせるの。今は無職中よ。それじゃぁ、無職に乾杯!」
 紗羅はそう言ってコップを祐介の前に突き出し、祐介も紗羅のコップにカチンと当てると一気に飲み干した。それほど酒は強くないが、紗羅の持つ雰囲気が心地よくて酒が進んでしまう。奥の方から足音が聞こえてくる。マスターが風呂から上がったようだ。

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