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アポトーシス(4) [小説 < ブレインハッカー >]

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出演: 椎名林檎
                                アポトーシス(4)
達夫は煙草に火をつけ、天井に向かって煙を吹きかけると再び話し始めた。
「俺の能力は一つの実験が成功する度に飛躍的に成長していたんだ。自分でもよく分かったよ。一週間目に柴犬が連れて来られ、俺との間には衝立が置かれて見えないようになっていたんだ。指示されたように集中して一分程経つと衝立の向こうから苦しそうな息づかいが聞こえて、その内爪で床を掻くような音がすると静かになった。俺は全身の筋肉が堅く冷たくなったような気がした。係の男が心停止と言うのが聞こえ、三分経過と言う声が聞こえると、側にいた男に早く生き返らせろと言われ、もう一度イメージにエネルギーを吹き込むようにしたんだ。暫くすると柴犬の荒い呼吸が聞こえ、俺の身体に体温が戻って熱くなった。気がつくと身体ががたがた震えて暫く止まらなかったよ」
 昭彦も村木も暫く声が出なかった。兄の話しは到底常識では考えられないことである。生き物の命を心一つで自由にすることが出来るというのだろうか。町が次第に賑やかになり、橋を通る車のエンジン音や、川を行き交う船の音に混じって周りの段ボールハウスからも人の生活音が伝わり活気に溢れようとしていた。しかし達夫のハウスの中は、周りの世界から見えないバリアーで隔絶されているように感じた。
 昭彦は、
「それから人間を?」
 と小さな声で訊いた。
「そうだ」
 と達夫は応えると、暫く考えてから話し始めた。
「次の日に、これが最後の実験だ、と言われて壁を隔てた隣の部屋に集中し始めたんだ。途中から動物じゃないと感じて止めたけど、もう遅かった。部屋の中に係の男が入ってきて、お前の力は完璧だと言われたよ。俺にはその意味がよく分かったから、もう一度蘇るように試みたけど何故か手応えは無かった。筋肉が堅く冷たくなったまま震えていたよ。奴らは蘇生させることに興味は無く、そのまま終わらされてしまったんだ。そのときは相手が誰か年齢も性別も分からなかったけど、とにかく自分の部屋へ戻されてからも蘇るように気持ちを集中したよ。ただ闇雲にね。手応えははっきりしなかった。でもちゃんと届いていたんだ、細胞にね」
「細胞に?」
 昭彦にはその意味がよく分からなかった。
「そう、細胞だったんだ。精神的なエネルギーに対して最も敏感に反応するのは細胞の集合体ではなくて、細胞の一つ一つの生命なんだ。後からジュリアに聞いた話では、解剖検査されるだけのその男は完全に心肺機能は停止状態で酸素の供給は完全にストップしていたんだ。でもいつまで経っても脳波がフラットにならなかったんだ。それどころか一部の脳波はだんだん強くなってきたと言うんだ。通常の生体反応や反射は消失しているというのに脳の一部が活発に活動していたんだ。あり得ないことが起こってしまったんだ。
 ジュリアは荒れ狂う波のような脳波を見ながら、怒っていると感じたそうだ。耳鳴りがし始め次の瞬間部屋全体がぐらりと動いたように感じると、身体が透明な膜で覆われた液体の中に浮かんでいたと言っていた。部屋の中は同じような膜で覆われた液体の固まりで一杯になり、その中の一つにはもう一人の研究員が入ってもがいていたんだ。体が熱く目の前が真っ赤になり熔けてしまうと思ったそうだ。気がつくとその男のベッドの下に倒れていて、もう一人の男はどろどろに熔けていたんだ。ジュリアは全てが分かったと言っていた。死んだ男の脳細胞からのメッセージを受け取ったんだよ」
「脳細胞のメッセージ?ジュリアは夢でも見たんじゃないの」
 と昭彦は、兄はやはりどこかおかしくなっているのではないかと思い始めていた。
「夢なんかじゃない。夢で人間の身体がどろどろに熔けたりはしないよ。ジュリアは細胞と同じ経験をさせられたんだ。細胞の死に立ち会いそして、メッセージを受け取ったんだ。
 俺が発信した闇雲なエネルギーは死にかけた細胞に最後の力を与え、ジュリアに届く程のパルスを出したんだ。細胞は決して人間の身体の消耗品なんかじゃないんだ。他人の意識を感じることが出来るし、明確な意志だってあるんだ。ジュリアが受け取ったメッセージは、人間の意識が破滅の方向に一歩踏み出したことへの警告だったんだ。ジュリアは細胞に、ある意味では幻覚だけど、でも本当に細胞の死を経験させられたんだ」
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