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第2章 その(13) [小説 < ツリー >]

精神と物質―意識と科学的世界像をめぐる考察

 

精神と物質―意識と科学的世界像をめぐる考察 (単行本)

エルヴィン シュレーディンガー (著), Erwin Schr¨odinger (原著), 中村 量空 (翻訳)

 

 

                      第2章 その(13)

 ゆっくりと顔を離し、また同じように炎を見つめた。美緒も何事もなかったかのように、揺れ動く炎を見つめ、まるで炎に心を奪われてしまったかのように思える。、何を説明することも話すことも必要ないのだと感じる。 

 膝の上に置かれた美緒の手に俺の手を重ねた。暖かい。美緒は膝の上に視線を落とすと、しばらく黙って俺の手を見つめ、そして手の向きを変えると俺の手を握った。俺も同じように、重なり合った二人の手を黙って見つめた。

 もう一度頬に唇を近づけると、美緒はゆっくり顔を動かして俺の目を見た。美緒の瞳は潤んでいるように見える。俺はゆっくり肩を抱き寄せ唇を重ねた。桜の下で抱き合ったときと同じように強く抱きしめた。性的な感情の高まりとか、欲求はあるが、それよりも二人の気持ちが温かいもので満たされてくる心地よさを味わうことの方が、遙かに喜びの大きいことを知った。
 
  徐々に廻した腕の力を緩め、
「さぁ、料理よ」と、
美緒は勢いよく立ち上がり、料理の下ごしらえを始めた。
「祐介もぼんやりしてないで手伝うのよ」
俺は、「おう」と返事をすると、言われるままに動き、カレーライスが出来上がった。
「合宿だね、これは」
「文句言うんじゃないの、道具がないからカレーライスが限界。本当の腕は凄いのよ」
 そう言うと、手際よく盛りつけ、ワインを開けた。
「ワインの味はね、器で決まるのよ、コップじゃ、ホントの味は分からないけど我慢して」
 美緒の顔は晴れやかにさえ見える。俺は美緒から注がれたワインをゆっくりと喉の奥に流し込んだ。高級なワインではないし、コップは酒造メーカーの名前が書かれた宣伝用の安物である。つまみはカレーライスだからワインに合うはずもない。粗末な食卓を照らす灯りは薄暗い白熱電灯一つだけだが、その灯りに照らされた美緒は美しく幸せそうに見える。

  加代子の顔が脳裏に浮かぶ。こんな風に一緒に食卓を囲み、どれほどの夜を一緒に過ごしたのか。俺の人生には必要な人だと感じているし、それはもう、崩しようのない事実となっている。何があろうと加代子は俺のそばから離れることはないだろうと思う。どこからそんな自信が生まれるのか分からないが、きっとそうだろうと思う。

  目の前にいる美緒は一体何者なのか。自分が女性にもてる男だと思ったことは一度もないし、客観的に見てもそんなことはあり得ない。一体自分のどこが美緒の心を惹きつけたのか理解できない。
 こうして二人向かい合い、ワインを飲み、幸せそうな美緒の顔に嘘はない。男と女は不思議としか言いようがない。繋がるべき人とそうでない人があらかじめ決まっているようにさえ思える。何の理由も計算もない。計算をした繋がりはいずれどこかで計算が狂いはじめ、壊れてしまう。

  美緒も加代子も、繋がるべき人のように思えるし、抗うことの出来ない出来事のように感じる。
「何、ボーッとしてるの、もう酔っちゃったの?」
美緒は目の回りを少し赤く染めている。

 

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