第3章 その(7) [小説 < ツリー >]
第3章 その(7)
駅からアパートまでバスなら10分もあれば着くが、バスもなく歩くしかない。飲んだ後の足取りは重く、おまけに空には星も見えず、今にも雪が降り出しそうな寒さになってきた。公園の中を突っ切れば10分は早く部屋に戻れる。公園の街灯は深夜には消え真っ暗になっているが、俺には慣れた道で、明るい街灯から次第に遠ざかり公園内に入っていった。
公園と言っても、小さな山全体が公園になっていて、山道を登り反対側に出なくてはならない。坂道を上り始めてしばらくすると足下も見えなくなった。いつもは感じない気味悪さを意識すると、その怖さはだんだん大きく膨らんでくる。いっそ引き返そうかと思ったが、怖さを認めてしまう自分が嫌で前に進んだ。
この公園の出口付近にアパートがあるが、この道が丁度風の通り道になっているのか、アパートの自室の窓には風がよくあたる。夜にこの道を歩くと、風だけの通り道ではなくて、亡き者達の通り道のように思えてくる。以前読んだ風水の本でも、このような地形のところは、邪気のようなものが集まりやすいと書いてあったのを思いだした。
そう言えば、この道の延長線上やその周囲の家は、何かしらの問題を抱えているところが多いように思う。引きこもり、鬱、自殺騒ぎ、放火、夫婦げんか、酒乱などが原因で、深夜に大騒ぎとなったことが数回あったのだ。得体の知れない怪しげなものたちが、通り道の家々に災いをもたらしているのではないだろうか。そして俺の部屋にも、息を潜め薄笑いを浮かべている奴がいるような気がした。
部屋に戻り、先ほど思いついたことが気になり、多摩市の地図を開いた。山道は緩やかにカーブしているが、その直線部分を延長するとピタリと魔桜の場所に行き当たった。
何の根拠もないが、自分の中に閃いた直感が地図の上で確認されると、尚更、風の通り道は邪気の通り道で、邪気は魔桜からやって来るように思えた。
片岡さんは言った。<奴らは実に巧みで巧妙、紛らわしくやって来る>と。正面から、「怪しい物です」とはやって来ないのだ。時には「善い物です」と、やって来て混乱させてしまうかも知れない。
矢島が言っていたヒトラーの話を思い出した。まさに「善い物です」と、ドイツ国民の明るい未来を約束したのだ。しかし、一枚皮を剥げば、魔物以外の何者でもなかった。
もし、俺の中に何かがやって来てとしても、俺に見破る力があるだろうか。今も、天井から薄ら笑いを浮かべながら俺を見ている奴がいるかも知れない。そう思うと気になって仕方がない。気になり始めると眠ることも出来なくなってしまう。
俺は、天井の隅から隅まで、ゆっくり視線を這わすようにして異変を見つけようとした。肉眼で見えるような異変はないが、天井を見回そうという意識が、形亡き者達を威嚇することが出来るように思えた。
心の中で、
<お前達の来るところではない、出て行かないと、紅蓮の炎で焼き、串刺しにしてやる> と、片岡さんのお祓いの台詞を真似た。
それが気休めであると思う反面、某かの効果があるようにも思えた。
<奴らは俺の眼力に圧倒され退散したに違いない>
酔いは覚めたが、今日一日の疲れは、心と体を押しつぶすように、俺を眠りの淵へ誘い込んだ。
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