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第3章 その(6) [小説 < ツリー >]

死者の救済史―供養と憑依の宗教学   角川選書 354

 

 

 

 

 

 

                              第3章 その(6)

「集団幻想?それを言うなら共同幻想じゃなかったっけ?ほら、吉本ばななの親父が書いた本だよ」
 矢島が饒舌になると川崎が口を挟む。いつものパターンは健在のようだ。
「まぁ似たようなものだ。それでだよ、つまり、社会人になる前に引きこもれって話が心の奥にしまい込まれて、一人が始めると、それが正しいことで、必要なことだと思えてくるんだよ。祐介の次に二人目が始めると、後は連鎖だな、次々に」

「そんな単純な話かなぁ」
 自信たっぷりに話す矢島にまた川崎が口を挟む。

「そうさ、単純な話なんだよ。ヒトラーだって、ゲルマン民族が一番優れているって単純な話を国民に信じ込ませたし、日本だって似たようなものさ、神国日本には神風が吹くことを信じ込ませ、天皇陛下万歳って言って若者が死んでいったんだよ。でも、長続きはしないね、大勢の人間を長い間だますことは出来ないからね」

 俺が皆をだました嘘つきみたいに聞こえる。
「はっきり言うけどさぁ、俺はホントに覚えてないんだよ、社会に出る前に引きこもれって話は。まぁかなり呑んでたけど……」
 少しムキになって言うと、
「それは信じるけど、でもあの時は熱弁だったよ、まるで何かが乗り移ったみたいだったなぁ」
 と、川崎は何気なく言った。
「乗り移ったって、どんなだよ!」
「まぁ、そうムキになるなよ。なんて言うか、まるで別人みたいだったってことだよ。いつものお前からはちょっと想像できないくらいだったよ」

  自分では覚えていないから、尚更その日に自分の言ったことが気にかかる。日頃から似たようなことを考えていれば、酒の勢いで胸の内を明かしたとしても不思議はない。だけど、<引きこもろう>なんてこれっぽっちも考えたこともなければ、その言葉すら思い浮かべたこともないと思う。
 それと、別人みたいだったというのも気にかかる。伊豆での事を思い出し、余程話そうかと思ったが、思いとどまった。

「行方不明の三人のことは?」
 矢島が訊いた。
「問題なのはその三人なんだよ、後の連中はいずれ祐介みたいに復活すると思うけどね、居場所がわからないんじゃなぁ、どうすることも出来ないよ」
 川崎が困り果てたように言った。
「なんかさぁ、手がかりとかないの?」
  矢島は川崎に確かめるように言った。

「色々考えてみたけど、思い当たることは無いんだよね。何か企画を考えて実行するなら、誰かに言ってるはずなんだよ。まさに忽然と消えた。そんな感じなんだよ。お母さんとも話したけどね、部屋の中はいつも通りで不審な点はなかったらしい。祐介は大学に来てなかったから何も知らないだろう?」
「ああ、そう言えば、いつ頃だろう、もう二ヶ月くらい前かなぁ、荒木から電話があったよ。どう、元気?みたいな。俺、その時へこんでたから、まぁまぁくらいなこと言って切ったと思うけど」

  思い返してみるが、別段手がかりになるような話をした覚えはない。川崎も矢島も黙ってグラスの酒を口に運んだ。

  店内は賑やかで、入り口に近いテーブルからどっと歓声が上がったかと思うと、隣のテーブルでは拍手が沸き起こった。自分たちのテーブルだけがぽつんと取り残されたように感じる。久しぶりの再会で楽しくはあったが、あの三人のことが気にかかり、回りの学生たちのように無邪気な酒は飲めなかった。
 いつもなら終電まで飲み、誰かのところに転がり込むのだが、今日はそんな気にもならず、早めに電車に乗った。

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