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第5章 その(31) [小説 < ツリー >]

「こっくりさん」と「千里眼」―日本近代と心霊学 (講談社選書メチエ)

 

「こっくりさん」と「千里眼」―日本近代と心霊学 (講談社選書メチエ) (-)

一柳 広孝 (著)

 

                                  第5章 その(31)

「入ったの?」
 美緒は口に出して訊いた。
どうやって応えればいいのだろう、俺は、
<キーボード!>
 と、何度も同じイメージを繰り返し念じた。
「キーボード……かしら?」
 美緒は、少し戸惑うように腕を動かし、キーボードの上に指を乗せてモニターを眺めている。全神経を集中し、俺からの信号を受け取ろうとしているようだ。

 身体に入ってしまうと、先ほどのように直接電気信号に影響を与えることは難しく、美緒の身体を通してしか、何をすることも出来ない。

 俺は伝えたい言葉を懸命に美緒の中で念じ、美緒はその微弱なサインを受け取り、形にしようと指を動かしてくれる。これは思った以上に難しく、<ありがとう>と、イメージすると、そのイメージは伝わるが、美緒はそのイメージを『感謝』とか、『お礼』という言葉に変換してキーボードを打つのだ。だから、モニターに表れる言葉は文章にはならず、細切れのような単語の羅列になってしまう。それを暫く眺めて、ようやく俺の伝えたい内容が大雑把に理解されるという具合で、とても会話とは言えない。

 痒いところに手が届かないような、じれったさが募ってくる。俺はキーボートを諦め、小学校に入学した頃、教室に掲示してあった五十音表をイメージした。形のあるものは伝えやすく、美緒はすぐに、『五十音表』と打った。
俺は何度も、<違う!>と、イメージしたが、美緒の言葉になると、俺の意志はなかなか伝わらない。

 何度かやりとりをして、ようやく、美緒はキーボードから手を離すと、印刷用紙の上に五十音表を書いた。
「こっくりさんね、お母さんから教わったわ」
 美緒はそう言うと、目を閉じて、人差し指を表の真ん中に静かに置いた。
俺は試しに、<あ>の位置をイメージした。表の一番右上に赤丸を付けるような感じだ。そのイメージはダイレクトに伝わったようで、美緒の指はするすると動き、一番右上でピタタリと止まった。

 キーボードの配列をイメージすることは出来ないが、これなら俺も美緒も同じものを思い浮かべることが出来、少し練習すると、一字ずつだから時間はかかるが、正確に伝えることが出来るようになった。
 
 美緒の視野の端に時計があり、見ると、もう八時を過ぎていた。実際の会話なら十分足らずで済むことが、一時間近くかかったようだ。
「休もうか」
 美緒は少し疲れたように言った。
俺も疲れるが、美緒もこれ以上集中するのは無理な様子だ。

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