第6章 その(10) [小説 < ツリー >]
儀式は何の役に立つか―ゲーム理論のレッスン (単行本)
マイケル・S‐Y. チウェ (著), 安田 雪 (翻訳)
第6章 その(10)
裏には小さな建物があり、煙突から煙が上がっている。お風呂のようだ。脱衣場に入ると、後輩達は無理矢理加代子の服を脱がせ始めた。
「やめてよ、あなたたち私の後輩でしょう、こんなことして恥ずかしいと思わないの?」
何を言われても荒木達は無言で事を進めようとしているようだ。加代子は身体を捻るようにしたり、足で蹴ったり抵抗をしたが、女の力では男三人の力に敵うはずがない。あっという間に服を脱がされてしまった。荒木が用意の出来たことを外に知らせると、若い女が塩の入った器を持って入って来た。
「大人しくして下さい」
女はそう言うと加代子の身体に塩を降りかけた。抵抗したくても身動きできず、彼らの思い通りに事は運んだ。荒木達はその塩を全身余すところ無く摺り込み、最後に榊の葉を使いまるでお祓いをするように全身を叩いた。
「洗い落としたら出て下さい」
女がそう言うと荒木達と一緒に風呂場を出た。
加代子は恥ずかしさや悔しさで心が潰れそうになっている。俺だって加代子と同じ気持ちだが、その気持は加代子に伝わらない。冷静なときでさえなかなか伝わらないのに、こんなときに伝わるはずもなかった。
加代子はすすり泣くようにしながら赤くなった皮膚を撫で、何度も何度も身体を洗った。彼らの傍若無人な振る舞いを消し去ろうとするかのようだ。洗い終わった後、暫く俯くようにしていたが、何か心を決めたように立ち上がり風呂を出た。
脱衣場では彼らが白い肌襦袢を手に持ち、そっとかけてくれた。相変わらず目も合わせず口も聞かないが、決して乱暴ではなく先ほどと違い、少しのいたわりを感じた。加代子の様子の変化に気がついたのかも知れない。
広間に戻ると中央のテーブルには料理が並べられている。上座の中央には周りとは明らかに違う豪華な料理が二人分並べられ、その片方に加代子が座らされた。やがて準備を終えた信者が並び始め、最後に源三郎が登場して加代子の隣に座った。加代子と同じ白装束で身を包み、これではまるでささやかな祝言か、それとも死への旅立ちの儀式のようでもある。
初老の男がテーブルの端で立ち上がり、
「それでは、只今より序の儀に至る修養の膳を執り行います」
と、開会宣言のように皆に向かって告げた。一同はその声を聞くと祭壇に向かって座り直し、源三郎の動向を見守った。
源三郎は皆に軽く一礼すると、同じように祭壇に向かって座り、加代子も脇の者に促されるように座り直した。最早この流れからは逃れられそうにない。
「貧を済ふには財を以てし、愚を導くには法を以てす。財を積まざるを以て心と為し、法を惜しまざるを以て性と為す。故に、若しくは尊、若しくは卑、虚しく往きて実ちて帰り、近き自り遠き自り、光を尋ねて集会することを得たり」
源三郎の声は朗々と部屋の隅々にまで響き渡った。俺には何のことだかさっぱり判らないが、言葉の抑揚やリズムが身体の中の何かに響くような気がする。
「オン・バサララタヤ・ウンナム・アカーシャ・ラバ・オン・アミリキヤ・マリボ・ソワカ」
最後に源三郎が真言を唱え、一同もその声に合わせて繰り返し何度も唱えた。
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