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第4章 予兆(1) [小説<物体>]

                                 第4章 予兆(1)

 結局のところ俺は祐子に押し切られるようにマーブル君を受け入れた。受け入れたと言うよりも既成事実を作られてしまったのだ。祐子は俺が仕事をしている間に役所に届けを出し、幼稚園の手続きも済ませてしまった。そして祐子とマーブル君は俺の部屋で同居生活を続けている。元々近所付き合いはないし、住んでいる住人も単身者が多く俺の部屋の変化に気づいてはいないだろう。知らない人から見ればどこにでもいる若夫婦と幼稚園児の平凡な暮らしがそこにある。夫婦らしいことでもあれば多少は納得も出来るが、それらしいことは何一つ無く、相変わらず祐子はマーブル君に夢中で俺はまるで部屋を貸している大家のようだ。それでもマーブル君だけは俺のことをパパと呼び、特別な存在として見てくれている。それが無ければとてもこんな生活には我慢できないだろうと思う。元々一人が好きなタチだし、恋人がいたとしても同棲よりは週末婚を選んだと思う。一人になったからと言って特別何をするわけでもないが、その一人の時間だけが宇宙の中で唯一無二の存在として自分を感じることが出来そうに思えるのだ。しかし実際はその反対で、心の中を空虚な風が吹き抜けるだけのことが多い。しかしだからといって、それを求める感覚を失ってしまえば自分がこの世で生きている意味を見失ってしまいそうで恐ろしいのだ。

 祐子とマーブル君と暮らすようになって一人になる時間は無いに等しいが、マーブル君が俺を特別な唯一無二の存在として見てくれるおかげで助かっているのだ。本当は世の中の誰でもが特別な存在なのだが、とてもそんな風には思えない。それどころか、地球上でトップクラスの繁殖力を誇る生き物のようにしか思えず、宇宙から見たらじわじわと地球を覆い尽くそうとしている異常繁殖生物で、俺もその中でうごめいている。もし俺が宇宙人だったらこの繁殖力は脅威だし、どこかで食い止めようとするはずだ。

 マーブル君の名前は、昔の教科書にでも出てきそうな正男という名前で届けられ、マー君と呼んでいる。幼稚園では年長組になったが、祐子によれば他の子とは別格に違うという。元々正体不明の物体が変化して人間になったのだから違って当然なのだが、毎日一緒に生活しているとついそのことを忘れそうになる。まず決定的に違うのは食べないことだ。幼稚園には特殊なアレルギーがあるので家以外では食べないことにしてあるが、その方が特別な配慮をする必要も無いのでそのことについてとやかく言われることはない。もう一つの違いはよほど注意してみないと分からないが、瞳孔が変化しないのだ。おそらく目は使っていないように思う。それがあの美しい瞳の秘密なのだろう。瞬きをしたり見ている方向へ目を動かすのはただ真似てそのようにしているだけなのだろうと思う。家では目を開けたまま眠ったり、その反対に目を閉じたまま動いていることが時々あるからだ。俺も外では気をつけているが、家では目を閉じたまま動いているかも知れない。

 はっきり分かることはそのくらいだが、祐子に言わせればまだまだ沢山あるという。人に迷惑をかけるようなことはないが、突飛な行動が多く幼稚園の先生も理解できないらしい。雨の日は突然飛び出して駆け回り、晴れになると裸になって砂場で寝てしまったりするようだ。そんな様子だから室内で遊ぶことはあまりなく玩具などには全く関心を示さない。困ると言うほどではないが、マー君の真似をする子どもが増えて雨の日などは大騒ぎになると祐子が言っていた。園長は器の大きい人でそんなマー君を気に入ってくれているらしいが、教育熱心な保護者からは嫌がられていると聞いた。当然祐子も嫌われることになるが、そんなことを気にする祐子ではないし、マー君に止めるように言ったりすることもない。マー君は日に日に逞しくなっているように思うが、同じように俺もどこかが変わってきているように感じる。

 

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