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予兆(5) [小説<物体>]

                            予兆(5)

 この町へ越してきたこと、そしてその引っ越し屋のバイトをしていた祐子と知り合い、公園に散歩に行ったこと。その場所へふらりと出かけて物体を見つけたこと。持ち帰ろうと思ったこと。物体がマー君に変貌した朝にやって来た謎の男。考えれば全てが何の無駄も狂いもなく進行しているようだ。物事が何かに向かって動き出す時は、一見無駄に思えるようなことでも後になってみれば全てが巧妙に編まれた糸のように繋がっているのだろう。その糸を紡いでいるのは悪魔なのか天使なのか……。
 俺は何者かに導かれるようにゴールに向かっているに違いない。よくよく日々の暮らしを観察し感覚を研ぎ澄ませば見えない糸が見えてくるかも知れない。何気ない出来事が大きな意味を持っていることもあるだろう。いや、それどころか意味のない出来事など一つもないように思う。街角ですれ違う男の顔、電車の向かいの席に座って居眠りしている女の顔、そんなことですら注意深く観察しようと思う。そうすればその先に用意されているゴールが見えてくるかも知れないし、必ずヒントが隠されている筈だ。
 昔の人は生活の中の些細な出来事から未来の吉兆を占う習慣を持っていた。それは全ての出来事が単独で存在せず密接に繋がり合っていると考えていたからなのだろう。そうやって災いを回避し、また福を呼び寄せる知恵を長い年月の中で培ってきたのだ。予知能力というのはそんな些細な情報を繋ぎ合わせる力なのだろう。何も見えない人からすれば驚異に思えるかも知れないが、よくよく考えてみればこれほど合理的なものはないかも知れない。

 昨夜は祐子やマー君と色々な話をしたせいか、明け方まで頭が冴えて眠れなかった。考えれば考えるほど俺たち三人の暮らしが不思議でなならなかったのだ。しかしもう何かが動き始めていることは間違いないだろうと思えたし、今までのようには暮らせないだろうと覚悟を決めた。考えたことの大半は思い出せないが、心構えを変えたことは十分目覚め切っていない頭でも意識することが出来た。

 そろそろ起きようかと思ったとき、
「ねぇ、大変よ、起きて!」
 と祐子は大きな声で叫び、マー君を覗きこむようにして見ている。またマー君が変化したのかと思い、俺も祐子と同じように覗きこむと、眉間に皺を寄せて苦しんでいるように見える。呼吸も荒く胸を大きく上下に動かしている。
「どうしたの? マー君!」
 と祐子は肩を小さく揺すって起こそうとしたが、
「駄目だよ、悪くないよ、わかんないよ」
 と寝言を言っているように聞こえる。祐子がもう一度名前を呼びかけると、大きくため息のように息を吐いて目覚め、涙をぽろぽろとこぼした。祐子が暫く抱きかかえるようにしているとようやく落ち着き、涙を小さな指で拭った。
「どうしたの、嫌な夢でも見たの?」
 祐子が訊くと、
「夢なんかじゃないよ」
 と、マー君は俯きながら小さな声で答えた。

 

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タグ:予知能力
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