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悪夢(1) [小説<物体>]

                 悪夢(1)

 用心深く玄関ドアを開け外の様子を見た。警備用のタクシーで警戒していた人は既に自分の家に戻り誰も乗っていない。街灯の黄色い光がタクシーの屋根に落ちる雨粒を照らし、飛び跳ねる光が雨足を強く感じさせる。
 光の届かない暗闇から突然飛び出してくるのではないだろうか、今は息を潜め俺たちが外に出るのを待っているのかも知れない。懐中電灯の光を暗闇に向けて照射するが、その光の奥にまた新たな暗闇が出来る。しかしぐずぐずしては居られない。
 出てくるように合図を送ると、それぞれ両手に持てるだけの荷物を持ち、車の中に放り込むようにして乗り込んだ。最後に早苗ちゃんとマー君が乗り込むのを確認してドアを閉め発進させた。
 出来るだけ山の近くを避け住宅街を通ったが、誰一人として出歩いている者はいない。
焼け焦げた小枝や木の葉が排水溝を詰め、水が湧き出すように溢れている。これだけの水量があればあいつが生体になるのに時間はかからないだろう。いつ飛び出してきても不思議ではないが、あいつの行動パターンや習性については何一つ分からない。誰も窓の外を食い入るように見つめ、黙ったままだ。
 街中に溢れていた死骸は処理されたが、散乱したゴミや放置された車、壊された看板などが路上の至る所にあり思うように進めない。繁華街に近づく程に障害物が多くなり、通り抜けることを断念し、山側の裏道を通ることにした。狭い道だが、通常でも通る車は少なくここなら一気に走り抜けられるかも知れない。
 山側へ進み始めると早苗ちゃんとマー君が怯え始めた。ライトに照らし出される路面が黒々と光り、鈍く反射している。路上の折れた木の枝を見る度に心臓がドクンと音を立てる。今にも動き出しそうだ。焼け焦げた樹木からは、折れかけた枝が不自然な形でぶら下がっているのが見える。巧妙な罠ではないだろうか。

「あいつだ!」
 助手席の遠藤さんが叫んだ。垂れ下がった枝の末端が動き、黄色い光が揺れた。もう止めることは出来ない。アクセルを踏み込み通り過ぎようとすると、雨に混じって赤い液体がフロントガラスに流れた。

「キャー!」
 杏子さんが悲鳴を上げた。ルームミラーには、身を仰け反らすようにしながらサイドウィンドウを指さす杏子さんが映っている。早苗ちゃんとマー君は身体を丸めるようにしてうずくまっているのが少し見える。
「どうしたんですか!」
 俺は前に注意しながら訊いた。
「さっきの、赤い液がサイドウィンドウを這って行った。落ちないよ、どうかしてる!」
 遠藤さんが話してくれたが、声が上ずり少し震えている。
「嫌!動いたわ!」
 俺には何が起きているのかよく分からない。
「一体どうしたんですか!」
 もう一度訊くと、
「ゼリーかアメーバーみたいな奴が窓に貼り付いて動いている。獲物を探しているみたいだ」
 健二老人の声も慌てているようだ。

 

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