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吹き溜まり(2) [小説<ろくでもないヤツ>]

                   吹き溜まり(2)

 順路の案内が終わると痩せた男はさっさと店に戻り、残された俺は仕方なく順路を確認しながらメモを頼りに来た道を戻った。店に着くと時計はもう三時を過ぎ、若い男たちが忙しそうに立ち動いている。初めてここに来たときに見かけた男も自転車の籠に夕刊を押し込み、痩せた男も同じように新聞を積み込んでいる。バイクは三台で、使っているのは皆俺よりもずっと年上で専業店員なのだろう。

 店に入ると店長が俺を呼び、今日は順路を覚えるだけで、後は6時過ぎに隣の部屋で飯を食えと言われ、付け足すように奨学生になれと勧められた。この店は専業が三人いて、後は皆バイトで俺を入れて9人いるらしい。大学生は二人で六人は浪人生、俺みたいな宙ぶらりんは他にいない。行きたければ高校だろうが大学だろうが、予備校だって金を出してやると言われた。そうでなければ専業にもなれるらしい。俺はどちらにも気が進まず、考えさせて欲しいと返事をして部屋に戻った。お袋の話をもう少し訊きたかったが、そんな話のできる雰囲気ではなかった。とにかく当分ここで我慢して暮らすしかない。

 俺と同じ年頃の連中が師走の街に新聞を満載した自転車を操りながら店を出て行き、俺は電気ストーブで手を温めながら二階の窓から見送った。だれも元気そうで、我先に路地から大通りへ飛び出していく。俺が今まで付き合うことのなかった種類の連中だ。勉強する為に働くなんて考えられないし、金を貰ったって勉強なんかしたくない。勉強ができないことは小学校の時から嫌と言うほど思い知らされたし、結局勉強のできる奴には勝てないことが身に染みてわかった。だから俺には落ちこぼれの人生しか待っていない。夢なんて持ったことがないし、何かを夢見たとしても辛くなるだけだ。だから最初から叶わない夢なんて持たない方がいいに決まっている。

 身体が温まり眠くなってきた。目を閉じると静かになった一階から包丁の音が聞こえてくる。夕飯の準備だろうか、店長の奥さんが朝晩の食事を用意するらしい。時々若い女の笑い声が聞こえるのは店長の娘だろうか、確か優美という名前だった。料理を手伝っているのかも知れない。閉じた瞼に丸顔の女がおぼろげに浮かんできた。今まで好きになった女の子は何人かいたけど、付き合ったことは一度もない。近くにいても上手く話せないし、俺が近寄ると避けられるような気がして、いつの間にか男ばかりと過ごすようになった。
だから俺の周りはいつも落ちこぼれの男ばかりで、女の話はするけど現実になったことは一度もない。ナンパでもしろよと偉そうに言う斉藤だって、本当のところは自分だって上手くいったことはないと思う。瞼の向こうで微笑んでいる娘の顔がぼやけてきた。

 何かの物音で目が覚めたようだが、よほど疲れていたのか頭がぼんやりする。散らかった室内を見廻してようやく意識がはっきりしてきた。
「優美です。知念さん、夕食ができましたよ」
 ドアをノックする音と一緒に、弾むような若い女の声で声で名前を呼ばれた。予想もしない出来事で、自分が思った以上に高くて大きな声で返事をしてしまった。おまけに慌てて返事をしたせいでゴホゴホとむせ込んでしまった。ドアの向こうでクスリと笑う声が聞こえる。
「今日のハンバーグ美味しいわよ、慌てずにどうぞ」
 店長の娘はそう言うと、階段をトントンとリズミカルな音を立てて降りていった。

 

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