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吹き溜まり(3) [小説<ろくでもないヤツ>]

               吹き溜まり(3)

 一階に降りると味噌汁と肉汁の焼けたような匂いが漂っている。店長室の隣の部屋は八畳ほどの広さで真ん中に座卓が二つ並べて置いてある。部屋の端はフローリングが施され、そこで店長の娘の優美さんと、奥さんらしき女の人が一緒に並んで食事の用意をしていた。

 部屋に入ったもののどうしていいか分からず、立ったまま動けなくなった。きっと困っているように見えたのだろう、優美さんが座卓を指さし座って待つように教えてくれた。仕事でもそうだが、時々まごついてしまうことがある。単純作業は余り苦にならないが、臨機応変に状況判断をして仕事をするのが苦手で、今もどう振る舞っていいのか分からなかった。要領のいい奴なら配膳を手伝うだろうし、自分に自信のある奴なら迷わず一番奥の席に座って待つだろう。斉藤なら、美味しそうですね、と上手い口をきいて会話が弾むに違いない。

  そのどれかをやろうとすると、自分でも嫌になるほど不自然になり変な奴だと思われてしまう。人からどう思われているだろうとか、周りを気にしすぎるのかも知れないけど、気がついたらどうにもならない精神状態になってへこんでしまう。へこみ始めると一気にどん底まで駆け下りてしまうが、そのきっかけは取るに足らない些細なことばかりだ。本当は自分を見失い口もきけないほど気持ちが弱っているだけなのに、身体が大きいせいで無愛想で生意気な奴だと言われる。まるで自分の中に二人の人間が住んでいるようで、気持ちが攻撃的になったときだけは、自分の身体がとてつもなく巨大になったようでとても気分がいい。毎日上がったり下がったりでエレベーターのようだ。

 今は危うく下がりかけたけど、優美さんがさり気なく助けてくれた。きっと優美さんは何も気づいていないと思うけど、さり気なく人を助けられる人はそんなにいない。大抵は追い打ちをかけるようにもっと谷底に突き落としたり、馬鹿にしたり辱めたりする。それだってヤツらにすればさり気なく悪魔に変身しているだけだ。 

 「どうぞ、私が作ったのよ」
 優美さんは俺の前にハンバーグを置くと、お母さんだと言って店長の奥さんを紹介してくれた。お袋よりずっと老けて見えるけど同じ位の歳なのかも知れない。化粧っ気はなく、俺に似て無愛想だ。頑張ってねとハンバーグを焼きながら少し振り返っただけだ。きっと俺は期待されていないのだろう。俺もよろしくお願いしますと言っただけで会話はそれで終わった。優美さんもそれっきり話しかけてくることはなく、お母さんと一緒にキッチンに立っている。十数人分の食事を間に合わせるのに大変なのだろう。配達は二時間ほどで終わると言っていたからそろそろ帰ってくる頃だ。

 食べ始めてしばらくするとバイクの音や自転車のブレーキの音が聞こえ、次々に部屋に入ってくる。誰も手や耳を真っ赤にしているが額には汗が光っている。その頃には座卓にハンバーグが並び始め、自分でジャーからご飯を山盛りにすると、どかりと座って食べ始めた。会話らしい会話もなく、ハンバーグの焼ける音と食器の当たる音が響く。何人かは俺と視線が合ったが、誰も話しかけてこない。ヤツらが配達に出かけるときの勇ましく清々しい印象はどこに行ってしまったのだろう。俯いたまま黙々と食事を口に運んでいるだけだ。早い奴はあっという間に食事を平らげ怒ったように立ち上がると二階へ消えた。一緒に座卓を囲んで飯を食っているのにまるで牢獄のようだ。優美さんの丸い顔から表情が消え、今度は食器の片付けに追われている。適当なところで店長とかが来て俺の紹介くらいはしてくれるかと思ったらそれもない。自分で勝手にやってくれということらしい。

 

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