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吹き溜まり(6) [小説<ろくでもないヤツ>]

                 吹き溜まり(6)

 藪田はそう言うともう一度部屋の中をゆっくりと見廻した。
「だからなんだよ、はっきり言えよ。その三人に辞められたから俺が雇われたんだろう」
 まわりくどい話し方に苛つきながら言うと、藪田はゆっくり首を左右に動かした。
「違う。辞めたのは二人だ」
「もう一人は?」
「死んだ………この部屋に住んでいた三浦という浪人生だよ」
 心臓がドクンと音を立てた。

「なんで?」
「飛び降りた。配達していたマンションの屋上からだ。寒い日だったね、三浦は屋上で配り終えていない新聞を全部燃やしちまったんだ。綺麗に燃やしきってから飛び降りたらしい。今年の受験に失敗して秋田から出てきたんだ。のうのうと浪人暮らしができる環境じゃなかったんだろう、新聞奨学生になって予備校に通ってたよ。でも夏が終わると予備校には行かなくなったね」

 藪田は隅に置かれた盛り塩をちらりと見ると、ポケットからタバコを取り出し火を点けた。ジッポライターからオイルの香りが漂い、煙を天井に向かって大きく吐き出すと話しを続けた。
「俺は三浦の気持ちが手に取るように分かるよ、俺も三浦も浪人奨学生で一年分の予備校費用を借りてて辞められないんだ。最初は新聞さえ配れば金を貸してくれて、しかも一年頑張れば借金はチャラになるし、部屋と食事付きだしこんないい話はないと思ったよ。でも実際やってみるとそんな甘くはなかったね、毎朝三時に起きて折り込み広告を新聞にセットして配達。それから予備校だろう、眠くて勉強なんか頭に入るわけがないし、予備校が終わればすぐに夕刊の配達、それから勉強しようと思ったって身体はくたくたでどうにもならない。気持ちは焦るし勉強は進まない、ストレスは溜まる一方だしね。俺はもう諦めたから何とかやってるけど、そうでなかったら借金踏み倒して夜逃げするか、それとも………真面目に頑張ってる奴はとことん追い詰められるってことさ。俺みたいにちゃらんぽらんな奴しかここではやってけないね。だから奨学生になろうと思ってるなら止めた方がいい、他に方法があればだけどね」

 藪田はそう言うと吸いかけのタバコを灰皿に押しつけ、
「ところで、あの盛り塩は本当に三浦のこととは関係ないの?」
 と小声で念を押すように訊いた。
「全然関係ないし、その三浦って奨学生のことも初めて聞いたよ。ああやって置くと運が向くらしいからやってるだけだよ」
 藪田は俺の返事を聞くと少し安心したように息を吐いた。

「この部屋にはまだ三浦がいるような気がするよ。大して仲が良かったわけじゃないけど、もっと話してたらこんなことにならなかったかも知れないなぁ。今更どうにもならないけど、まさかそこまで追い詰められてるとは誰も思ってなかったんだ。みんな追い詰められて人のことを考える余裕もないんだ。ここは世の中の吹き溜まりだよ。いろんな人間が食い詰めて吹き寄せられてくる」
 藪田はそこまで話すと一息ついた。俺も食い詰めて吹き寄せられた一人だけど、俺とは関係ない素振りで、感心したように相づちを打つとまた話を続けた。

「店の金を持ち逃げした奴もいるし、犯罪を犯した奴がしばらく身を潜めてたこともあった。後から警察が足取りを追ってやって来たこともあったね。元会社社長という人は、負債から逃げる為にここにいたこともあったし、浪人生と大学生以外は怪しげな人ばかりで信用出来ないんだ。でも地方から出てきた浪人生はそんな怪しげな人間にコロリと騙されてしまう。地方から出てきたばかりの純朴な受験生を見ると、怪しげな人が受験生詐欺師に変身してしまうことだってある。一番多いのは、知り合いに大学の教授がいるから少し金を用意すれば合格出来るようにしてやるという話だよ。大した金じゃない、十万とか二十万だけど、受験生にすれば大金だよ。
 それで合格発表前にドロンして、受験生は合格を信じているから勉強もしないで試験を受け発表すら見に行かないという有様さ。だから今年は誰も合格しなかったらしい。自分だけはあの人の口利きがあるから絶対受かると思っていたんだ。あとからみんな騙されたってことに気がついたけどもう手遅れさ。三浦がその男と関わっていたかは知らないけどね」
 藪田の話は俺の想像を超えている。新聞奨学生という爽やかなイメージとはまるで正反対の救いようのない濁った世界に思える。 

 

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タグ:新聞奨学生
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