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吹き溜まり(5) [小説<ろくでもないヤツ>]

                吹き溜まり(5)

 俺は部屋の中を見廻し、荷物の下に隠れていたリュックの中から水晶玉と塩を取りだした。塩は淡いピンク色で、婆ちゃんが盛っていた純白の塩とは随分違う。でも塩には間違いないしどうってことないだろう。側にあった缶コーヒーの大きめのキャップを外すと塩を山盛りに入れた。正確に東西南北なんて分からないし、おおよその見当で部屋の隅にキャップを置いた。後で誰かに訊いて違っていたら置き直せばいい。

 次は水晶玉だ。小さな柔らかい布製の袋から取りだし、手の平にのせてみた。直径三センチはないだろう、手の中に握り込むとひんやりした感触が伝わる。ガラスのように透明でこれが天然の石とは思えない。あの占い師は十分間視線を外さずに見続けろと言ったけど、何の意味があるのだろう。付属の小さな台の上に乗せて目の高さに置いた。透明で向こうが見えるが、魚眼レンズのようだったり、虫眼鏡のようだったりしてどこを見ていいのか分からない。水晶を見ているようでも実際は水晶が写し込んでいるものを見ているような気がする。見れば見るほど何を見ているのか分からなくなるし、頭の中が混乱し始めている。水晶を置いた段ボール箱が上下にゆっくり動いているように見えたり、時には自分も一緒に緩やかに上下に動いているような錯覚を感じる。あやふやな感覚に耐えられなくなり視線を外して時計を見ると三分にもなっていない。十分なんて無理だ。ひどく疲れた気がしてもう一度試してみる気はしない。ごろりと横になり眠気に身を任せようとしたときドアをノックする音がした。

「知念君、入るよ」
 藪田の声だ。おう、と返事をして身体を起こしかけた時にはもう部屋に入り、荷物の僅かな隙間を見つけて座っている。第一印象は悪かったけど、こうして目の前に座っているのを見ると、昔からの友だちのような気がしてくる。藪田は黙ったまま部屋の中を興味深そうに見廻し、ギターに関心があるのか値踏みでもするように見ている。小さく頷くようにするとまた面白そうなものはないかと見廻し始めた。

「何なの、あれ」
 藪田が指さした先には、先ほど置いたばかりの缶コーヒーのキャップが見える。
「盛り塩だよ」
 俺が何の説明もせずに答えると、藪田は驚いた顔で口を尖らせ言葉が出てこないようだ。
「………盛り塩って、あのこと聞いたの?」
 眉間に皺を寄せ、俺の顔を覗き込みながら小さな声で訊いた。
「あのことって?」
「知らなかったの?」
 藪田は気まずそうな顔で言った。
「何にも聞いてないよ」
「それじゃ、なんで盛り塩なんかしてるの?」
「別に理由なんかないよ、それより、あのことって何だよ」
 今度は俺が藪田の顔を覗き込むようにして訊くと、急に口をへの字にして黙り込んだ。正直すぎる男だ。はっきり言えよと少し大きな声で言うと、諦めて話し始めたが、俺から聞いたことは誰にも言うなと口止めされた。
「なんで知念君がここで働くようになったか分かる? 店員が足らなくなったからだよ。三人足らなくなったんだ。仲のいい三人で、その内の一人がこの部屋に十日前まで住んでたんだよ」

 

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