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第二章(三) [小説<十九歳の呪い>]

                   第二章(三)

「お兄ちゃん、ここは本当に大丈夫? 塩と紙切れだけで守れるんか? なんか嫌な感じがする」
 陽子は窓から外を眺めながら言った。この家も実家と同じように、後ろに裏山が迫り、前には田んぼが開けている。日暮れも近く、裏山の薄暗さは得体の知れないものが息を潜めているのではないかと思ってしまう。
「心配しなくていいよ、みんなでいれば大丈夫」
 俺は窓から裏山を見ながら言った。本当は俺だって怖くて仕方がない。あの裏山の暗闇から、今にも何かが現れそうな気がする。陽子は俺よりも感受性が強いのか、それとも霊感が強いのかわからないが、俺には見えないものが見えていたし、聞こえていた。陽子が見た子供というのは清太郎に殺された子供に間違いない。タクシーの運転手が見た子供もきっと同じなんだろうと思う。噂になっているというのは、他にも見た人がいるということだ。俺はもともと幽霊や心霊現象などは信じないが、今日感じたものはただ事ではなかったと思う。何かしらの確かな存在感を感じたのだ。とにかく恐ろしくて仕方なかった。世の中には目に見えない存在が確かにいるのだろう。もし目の前に現れたらどうすればいいのだろう。考えただけでも背筋に寒いものが走る。
「お兄ちゃん、誰かが見てる気がする」
 陽子はそう言って窓の外を指さした。
「誰も見てないし、誰もいないよ」
 俺はそう言ってカーテンを勢いよく閉めた。たとえ布一枚でも、視野を遮れば何かを防いでくれそうな気がしたからだ。努めて怖がらない風を装っているけど、狙われているのは自分だと思うと、何をしたって不安は消えない。このカーテンを閉めると同時に、あの暗闇から窓のすぐ外に来ているかも知れない。窓際にいることさえ怖くなり、窓から一番遠い場所に座り直した。
「お兄ちゃんは十人目の長男?」
 陽子が小さな声で言った。
「十人目って何だよ! 嫌なこと言うなよ。そんな事俺には関係ねぇよ」
 俺は陽子の無神経な言葉に腹が立った。陽子はそれ以上何も言わずカーテンを閉めた窓を眺めている。
「何をいつまで見てんだよ、食事の用意でも手伝えよ」
「カーテン開けてもいい?」
 陽子は俺の顔を見ないで言った。
「なんでだよ」
「閉めたら何にも見えないから」
「開けたって何にも見えないだろう、いいから閉めとけ!」
 俺は苛立って大きな声で叫んだ。陽子は黙って台所へ手伝いに行き、リビングに俺一人残された。台所から愛梨ちゃんの笑い声が響いて楽しそうだが、自分の中に苛立ちと不安が募ってくるのがわかる。姿の見えない存在に自分が脅かされるなんてあり得ない。何度も自分にそう言い聞かせたが、考えるほどにかえって不安が増してくる。思えば思うほど、危険が迫っているような気がしてしまう。


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