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ブレインハッカー 第3章 大江山伝説(1) [小説 < ブレインハッカー >]

第3章 大江山伝説(1)

 京都駅で山陰線に乗り換えると、まるでタイムスリップしたような気分になる。京都市街の家並みがぷつりと途切れると、次にはもう笹の葉に手が届きそうなところを走っている。青空が消え、濃い灰色のグラデーションがどこまでも続く。京都は三方を山の扉で閉ざされた別世界で、京都市街が周りから隔絶された異界なのではないかと思えてくる。電車の屋根が擦れそうな狭いトンネルを幾つもくぐり、幾つもの山の間をすり抜けると福知山に着き、そこから北近畿丹後鉄道に乗るといよいよ大江町である。

 駅前には午後二時過ぎに到着し、予約したタクシーが待っていた。九旗昭彦に聞いた住所と名前を言うと、「大江町九旗宅ご案内」
 と言って勢いよく走り出した。運転手は九旗家を知っているらしく、雑談をしながら潮見が何者か知りたい様子だった。
潮見が、
「九旗さんとお知り合いですか」
 と尋ねると
運転手は、
「中学の息子があそこの娘さんに世話になったんですわ、担任の先生だったんですよ。荒れた学校だったんですが九旗先生が来てから随分変わったって親の間では評判になりました。会われたら運転手が宜しく言ってたと伝えて下さい」と言って、
「あの家ですよ」
 と一軒の家を指さした。運転手の指さす方を見ると、小高い山の中腹に合掌づくりを一回り小さくして。屋根を藁から瓦に葺き変えたような家が見える。裏には竹藪が屋根に覆い被さるように伸びている。家の前は広くなっていて、ジープと乗用車が並びその前には葉を落とした柿の木や、銀杏の木が見える。もっと古めかしい家をイメージしていたがここら辺りでは何の変哲もない佇まいは、何年も続いた鬼の家系とはほど遠い感じがする。表札の九旗儀策を確認すると、
「ごめんください」
 と声をかけた。
奥から七十前後の小柄だががっしりとした体格の老人が出てきて、
「これはこれは遠いところからお疲れでしょう、昭彦の父の儀策です。お待ちしてました。狭いとこですけど上がって下さい」
 と表座敷に案内された。正面全体が床の間のように一段高く、その中央に黒檀の仏壇がある。それは邪な者の侵入を許さない威圧感を感じさせ、歳月だけが出すことの出来る光沢を放っている。他には何の飾り気もなく潔い。
一枚板で作られた風格のある座卓の前に腰を下ろし暫くすると、二十七八と思われる女性がお茶を持って出てきた。さり気ない身のこなしに一本筋の通った躾の良さを感じさせる。
「末娘の静恵です。」
 と紹介されると、
「兄がいつもお世話になっています」
 と挨拶しそのまま同席した。
潮見も親子と対面する形で自己紹介しようとすると、
「先生のことは全部聞いて知っとりますんで、まぁまぁお茶でも飲んで下され」
 と話し出せない。
「ほんまにうちの愚息はふらっと東京へ出て行ったたまま鉄砲玉みたいな奴で、もう何考えとるんだか、まぁ、先生のような方のお手伝いさせて頂いとると聞いてひと安心ですわ。本当にお世話になります」
 と儀策は深々と頭を下げた。
潮見もお礼を言い、そのまま大江地方の話をひとしきり聞くと、   
「録音していいでしょうか」
 と話を切り出した。

「大江山の酒呑童子についてですが、九旗家の先祖がそれに当たるのでしょうか」
 と、昭彦から聞いたことをもう一度確かめた。
「ええ、正確には酒呑童子を首領とした仲間の子孫と言うことになります。昭彦から聞かれたと思いますけど、九旗家は酒呑童子を入れて九人から始まりました。最後は都の討伐隊に追われて六人が捕まり、大江で見せしめのように生かされた三人が私らの先祖さんになります。酒呑童子は逃亡組の三人の中にいました。京都近くの老ノ坂峠辺りで伐たれたことになっていますが、実際は逃亡に成功していました」
「記録やお伽草子では源頼光が倒したことなっているようですが、これは違うと言うことですね」
 と潮見が尋ねると
「三人の内二人は斬り殺されて、残った童子も追い詰められ崖から身を投じたそうです。首を取られるより獣の餌にくれてやる方を選んだと言うことですな。このときに<鬼に横道なきものを!>と叫んで宙に飛んだと伝わっています。

  首塚が残っているんですが、あれは二人のどっちかでしょう。頼光は都へ偽首を持ち帰れもせず、途中で急に首が石のように重くなったと嘘を言ってさっさと埋めてしまったんでしょう。童子は奇跡的に一命を取り留めて農民に助けられました。一目で童子と判って、かくまわれていました」
「童子はそれからどんな生き方をしたんでしょうか」
 と潮見は録音テープを確認しながら訊いた。
「助けられた農民の娘と暮らしたことになっています。定かではないんですが、童子は修行僧だったようで、学問があり日記を書き残したそうです。代々伝えられていたそうですが、火事で全て無くなり記憶を頼りに書き記した古文書が残っています。昭和初期に亀岡に住んでいた子孫が、一度だけ歴史家に見せたことがありますが、たわいない作り話と一笑に付されてしまったそうです。頼光を英雄から大嘘つきに転落させることは出来なかったんですね。

  その古文書に由れば、崖から飛び降りたときに頼光の太刀を受け片方の足を失いました。仕事は殆ど出来ず貧しい暮らしをしていましたが、娘との間に三人の子をもうけ、農民の子には不釣り合いな学問を仕込んだそうです。中でも力を入れたのが精神の修練で、次第に円熟し洗練されたスタイルに完成させました。それは時代の最前線で中央権力と戦いながらも、後半生を貧しい農民として生きざるを得なかった童子の誇りでもあったわけです。童子は鬼として生き続けようとしたんでしょうね。そのスタイルは生き残った仲間にも伝わり今に受け継がれています」

   「その古文書というのはどこにあるんですか?」
「今は行方不明です。歴史家に見せた昭和初期には確かに子孫が亀岡市に居た筈なんですが、戦後は子孫が絶えたのか連絡は取れません。昔から九旗講と言う名前で三年に一度七人の子孫が集まることになっているんですが、戦後は童子の子孫と紀州に住まわされた三軒と連絡が取れなくなり大江の三軒だけになっています。まぁ、こんな集まりも私の代で終わってしまうかも知れませんがね、倅たちは皆鉄砲玉みたいで何処に居るんだか……」 と儀策は静恵を見て寂しそうに笑った。
   静恵は父の言葉を続けるように、
「実は一年前から長男が行方不明なんです。やくざと喧嘩をして車で連れて行かれたところまでは判って居るんですが………やくざと喧嘩をするような兄ではありませんでした。きっと何か訳があるんです。次男の昭彦が色々調べていましたが突然何も言わずに居なくなりました。兄は先生に何か言ってませんでしょうか」
 と心配そうに尋ねた。
潮見は、
「そうですか、お兄様がいらっしゃったのですか。そのような事情とは知りませんでした………彼からそのような話は何も聞きませんでしたが」
 と応えた。
静恵は、
「そうですか………」
 とだけ言うと、湯飲みにお茶を注ぎ足した。
儀策が、
「つまらない話を………」と言いかけると、
「兄は殺されたんです」
 と静恵は小さな声で言った。
儀策は厳しい表情で静恵を見ると、
「馬鹿なことをを言うんじゃない」
 とたしなめた。
静恵は奥歯を堅く噛みしめた様にして俯き、アラジンストーブの上に乗せられたやかんがジンジン音を立て始めた。

 

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