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始まり(9) [小説<物体>]

                                始まり(9)

「死ぬってどういう事!」
 杏子さんは早苗ちゃんを抱きしめながら訊いた。
「マー君と一緒にね、木に逆らったの」
「逆らったって? お母さんには分からないわ」
 杏子さんがそう言うと、黙って聞いていた健二老人が話し始めた。

「樹木の遺伝子プログラムは人間にとって必要な生気、つまりインドで言うプラーナのような目に見えない物質を放出することを止めたんだろう。プラーナは晴れた日ならよく見えるが、それが一体どんな性質を持っているかは解明されていないがね。私たちが狂わないのはそのプラーナをこの子たちが発散しているからだろう。そして今の美しい音の正体はプラーナだと思う。プラーナは極小の物質で、光と同じ波と粒子の性質を併せ持っている。二人の出した音はプラーナの波の性質を利用して狂った人たちを正気に戻したのだろう。
 だが樹木はそれを脅威と受け止め、何かが始まった。プラーナの発生源を絶とうとして動き始めたのだと思う。皆も見ただろう、下のいる人たちも同じ映像を見たはずだ。何かが生まれて俺たちを滅ぼそうとするに違いない。この子たちは樹木から生まれたから分かるんだよ。あの映像はこの子たちの記憶なのかも知れない」
 老人はそう言って辺りの景色を見回した。何かを警戒しているように見える。

「何が生まれるっていうの?」
 杏子さんが泣きそうになって訊いた。
「それは………わからん。だが、この子たちのことを考えれば、何が生まれても不思議ではないだろう。昔から残っている伝説や民話が本当なら樹木は人間を助ける働きをしてきた。だが今は違う。人間を滅ぼすために何かを生み出そうとしている。この子たちは雨の日に山で見つけられた。だから、この次雨が降った時に生まれるのかも知れない」
 老人はそう言うと腕組みをして考えている。

「それじゃ、山を焼いてしまえばいいわ」
 祐子が言った。
「そうよ、そうだわ」
 杏子さんはそう言うと窓から身を乗り出し、
「雨の日に山で生まれるの、山から来るのよ、山を焼けば助かるわ」
 と、怯える人たちに向かって大声で呼びかけた。杏子さんの呼びかけは瞬く間に集まった人たちに伝わり、その中で中年の元気そうな男の人が大声で指示を出し始めた。

 先ほどまでの混乱した様子は、助かる方法を見いだしたことと、リーダーが現れたことで見違えるほど一人一人が的確に動き、家の前には沢山の灯油缶が集められ、車からはガソリンが抜かれ始めた。どういうつもりなのか火炎瓶まで作られている。家の前の道路はまるで戦場のような有様になり、リビングは司令室のようになった。
 
 二人の不思議な音を聞いた人たちは、詳しく話さなくても状況を理解していたし、マー君と早苗ちゃんについても話す必要はなかった。天気予報では暫く晴天が続くと言っていたが、俺にはこんな方法で解決出来るとは思えなかった。しかし他に方法は思いつかない。健二老人も同じ考えなのだろうか、余り乗り気ではない様子だ。

 

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