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悪夢(9) [小説<物体>]

                               悪夢(9)

 研究室に入ると、昨夜の印象とは随分違って見える。多少は整理されたのかも知れないが、数台のモニターが綺麗に並べられ、中央には大型のスクリーンもある。どうやら敷地内に分散している実験棟や研究室の情報が全てこの部屋に集まるようになっているらしい。いわば司令塔のような役割を担っているようだ。
 健二老人が注文した遺伝子の詳細な分析やアブダクトの情報収集も別の部屋で行っていると若い研究員が教えてくれた。俺と祐子に出来ることは何もなく、部屋の隅に置いてあるソファーに腰を下ろしていると、スクリーンに何か映し出された。佐久間さんが声をかけると研究員が集まり始め、近くの椅子に座ったり、腕組みをしながらスクリーンを見つめている。
「遺伝子の変容による、分裂組成のシミュレーションだ、とにかく見てくれ。スイッチング酵素の働きで結果が大きく異なることが分かった」
 佐久間さんがレーザーポインタを操作しながら言った。最初の画面は細胞が分裂しているように見えたが、途中からは凄まじい勢いになりまるで暴走し始めたように思えた。時間はかなり短縮してあるらしい。まるで一気に泡が吹き出したようだ。
「何の遺伝子ですか?」
 隣の研究員に訊くと、
「ツリーチルドレンを生み出した樹木ですよ。地下の神経細胞には呼吸根といって、細胞間隔の発達した部分があって、通常は横方向か、重力方向に伸びますが、呼吸根の部分だけはまるで蛇のような形で地上に姿を見せるんです。今の映像がそうです。見ていてください、もう少しで形になってきますから」
 若い研究員はそう言うと、顔を前に突き出すようにして見ている。
「ここです、ほら、根っこが曲がってきたでしょう、これから地上に顔を出しますよ」
 ようやく形が見え始め、今まで見ていた映像が樹木の地中細胞の変化だと分かった。
「樹木の根っこもガス交換をしているんですがね、地中は濃度が薄くて効率が悪いんです。それでこんな形になるんです。マングローブに多いんですよ」
 若い研究員は得意そうに言った。映像は根っこが生き物のように地上に顔を出して終わった。セメントを盛り上げて出てくる根っこも呼吸根らしい。

「次のシミュレーションはスイッチング酵素が働いた場合の予測モデルだ。このスイッチング酵素が発動する原理は不明だが、呼吸根を変容させる」
 佐久間さんはそう言って映像を映し出した。最初の画面はよく分からないパラメーター情報が羅列してある。暫くすると最初に見たような細胞分裂から始まった。先程と変わりはないように見える。呼吸根らしき神経細胞も同じだ。若い研究員が小さな声を出すと、先程とは違った変化を始めた。呼吸根が地上に顔を出すのかと思ったら、その呼吸根から細長い管のようなものが垂直に地上に伸びていく。最初は一本から始まったが、その本数が増えていく。その管には細い毛のようなものがびっしり生えているのも分かる。地上に白い茎状のものが顔を出し始め、まるで何かの芽が出始めているようにしか見えない。最初は地中のように垂直に伸びようとしていたが、ある程度伸びると蔓のように絡み始めた。数え切れない程の茎が絡み空間が埋め尽くされていく。まるで毛細血管のようだ。

 

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