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第一章(十一) [小説<十九歳の呪い>]

      第一章(十一)

 翌日目が覚めると、お袋と陽子が家の掃除をし、書類をある程度分類して並べておいてある。祈祷師に見て貰うつもりなんだろう。
「さっき電話があって、もうすぐ着くそうや、健二も用意しときや」
 お袋が台所から叫んでいる。用意しろって言われても何をすればわからない。目を覚まして顔でも洗っておけばいいだろう。窓から外を見ると、昨日見たように橫井戸には工事用の目隠しがしてあるが、工事をしている気配はない。
「橫井戸は何をするつもりなんや」
 お袋に訊くと、
「あれか、あれはなぁ、お父さんが始めたことや。工務店に頼んですぐに死んだから結局何にもできんままほったらかしや」
 お袋はそう言うと外に出て行った。祈祷師が来たのかも知れない。

 表座敷からお袋の声が聞こえ、祈祷師の声も一緒に聞こえてきた。どうやら着いたようだ。俺も陽子も呼ばれて、家族が表座敷に集まった。時計を見ると十時前だ。余程早く家を出たのだろう。祈祷師は表座敷に入ると真っ直ぐ仏壇に向かった。しばらく黙って、仏壇の中に置いてあるお守りやらお札の山を見つめていたが、ゆっくり頭を下げて礼をすると俺たちの方を向いた。昨日の柔和な表情は見られず、やや強ばったようにも見える。自然に自分の表情も固くなってくるのがわかる。祈祷師は一瞬戸惑うような仕草を見せ、少し間を置いて話し始めた。
「………正直に申し上げます。この家はいけません。息苦しくなるほどです。何とも言いようのない空気と申しましょうか、まるで密閉された容器の中に腐臭が淀んでいるような印象を受けます。私は人一倍敏感ですので、身体の筋肉が隅々まで緊張して震えが出始めています。よほど注意しなければいけません」
 祈祷師は、膝の上にのせた指先を微かに震えさせている。
「何がいけないんですか?」
 お袋が小さな声で訊くと、祈祷師は辺りを見廻すようにして話し始めた。
「大袈裟なようですが、生きた心地がしないのです………その原因はまだわかりません。しかし、これほどとは思いませんでした。長男の健二さんは何か感じることはありませんか?」
 祈祷師はそう言って俺を見つめた。
「確かに、薄気味悪いと感じることはありますが、それ以上は何もないです。そんな、生きた心地がしないとか思ったことは一度もありません」
「そうですか………私の思い過ごしならいいのですが、経験上からも私の感覚は間違っていないと思います。実に巧妙な相手です」
 祈祷師はそう言って表情を硬くした。
「巧妙な相手って、何か見えるんですか?」
 陽子が怯えた表情で訊いた。
「いえ、そうではありません。世間には霊が見えると言って脅かす霊媒師は沢山いますが、私はそうは言いません。感じるだけなのです。何かの存在と申しましょうか、それは怨みとか、よく言われる怨念という種類のものです。そのようなエネルギーを感じてしまうのです。この家はそれが尋常ではないほどに感じるのです。二百年間荻野家を悩まし続けてきたのはこのエネルギーなのでしょう。とても厄介な気がします」
「どうすればいいのですか?」
 お袋が不安そうに訊いた。泣きそうな顔に見える。
「とにかく家を拝見させて頂かないことにはわかりません。よろしいですか?」
 祈祷師はそう言ってもう一度部屋の中をゆっくり見廻した。


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