SSブログ

第一章(十二) [小説<十九歳の呪い>]

              第一章(十二)

 お袋は、祈祷師の後から付いて歩くようして案内し始めた。六部屋にリビングダイニング、それに土間が付いている。二部屋は洋風に改築し、昔は土間の続きが台所になり竈があったが、今は土間をタイル張りの玄関にし、竈のあった台所は茶の間と続きのフローリングにしている。煤で真っ黒になった天井は、今風の建築材を渡して見えなくしてある。どの部屋にも天井の隅に小さな板があり、蝋燭を立てるようになっている。通常は使わないが、正月にはその板の上に餅を乗せ、蝋燭を立てている。
 祈祷師は、家の中を歩きながらも時々後ろを振り返ったり、急に立ち止まって天井を見上げたり、何かを警戒するような素振りを見せている。その度にお袋は身をすくめるようにしている。リビングに入ると祈祷師は立ち止まり、工事用の目隠しを見つめ始めた。
「あの向こうには何がありますか?」
 祈祷師が尋ねると、
「古い橫井戸があって、今はほったらかしです」
 とお袋が答え、親父が何かの工事を始めようとしていたことを伝えた。祈祷師はその橫井戸を見たいと、裏口から外に出た。しばらく裏の崖を見上げていたが、お袋が工事用の目隠しを取ると、橫井戸の入り口に立った。入り口の高さは二メートルほどあり、俺も陽子も入り口から少し離れて立った。、暗闇の中にカマドウマの大群が潜んでいることを知っているからだ。足を踏み入れたら、中からあのカマドウマが飛び出して来そうな気がする。
「懐中電灯か何かありますか?」
 祈祷師はそう言うと、橫井戸の前に立って入り口から奥を覗き込むようにしている。お袋が持ってきた懐中電灯で奥を照らすと、光は小さな祠を照らし出した。朽ち果てる寸前のように見える。
「あれは?」
 祈祷師は中には入らず、指を指して尋ねた。
「昔からあの場所にあって、何が祀ってあるのかようわかりません」
 お袋が返事をすると、祈祷師は少し後ろに下がり、目を閉じて掌を合わせるようにした。
小さな声で何かを呟いているが、お経のようにも聞こえ、何を言っているのかよくわからない。
「ここですね、この家を包み込んでいる気配の元はこの中です。中に入ってあの祠を確かめればいいのですが、自信がありません。正直に申し上げれば、ここに立っているだけでやっとなのです。それほどの力がこの橫井戸の中には渦巻いています。中に入ればどうなってしまうかわかりません」
 祈祷師はそう言うと、逃げるようにリビングに戻った。額に大粒の汗が光っている。
「こんな気配を感じたのは初めてです。これは余程のことと思って下さい。何か手がかりがあるといいのですが………」
 祈祷師はそう言うと、大きく息を吐いた。お袋は陽子にお茶を出すように言って、自分は昨日整理した書類の山をリビングに持ってきた。
「これは蔵の中にしまってあった古い書類なんですが、見てもらえますか? どこかにあの祠のことが書いてあるといいんですが」
 お袋はそう言って、祈祷師の前に黄色く変色した書類を置いた。祈祷師は額の汗を拭くと、一冊ずつ手に取り、表紙を確認しながら読み始めた。どれも橫井戸には関係なさそうで、表情一つ変えないですらすらと読み進んでいる。何冊目かを読み始めたとき、
「荻野重蔵という方はいつ頃になりますか?」
 と祈祷師が訊いた。お袋はバッグの中から、お寺で写した過去帳を取り出し調べ始めた。
「重三さんは、過去帳で見ると………二人目になります。その前が荻野清太郎で最初の犠牲者です」
「二人目ですね、そうですか。なるほど………」
 祈祷師はそう言いながら、達筆で書かれた書類を見ている。
「これは、重蔵さんの父親が書いたものですね。息子さんの葬儀に関係しているようです。表書きに、家督を継ぐ者以外には見せることが無いようにとありますが、読ませて頂いてよろしいですか?」


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0