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第一章(十四) [小説<十九歳の呪い>]

                第一章(十四)

 祈祷師は読み終えると、眉間に皺を寄せ黙って俯いている。お袋は涙をぽろぽろこぼし、陽子は泣くのを懸命に堪えている。俺もみんなと同じ気持ちで、顔を上げることも出来ない。目を閉じれば無残な光景が目に浮かぶ。荻野家がどんな報復を受けようと当然だと思えるし、代々の長男が清太郎と同じ十九歳で無残な死を迎えたことも納得できる。親父の死も納得できる。まだ報いは続いている。俺に悪い念が纏わり付いていると言った祈祷師の言葉は間違っていないのだろう。生きた心地がしないというのも、大袈裟じゃなくて本当なんだろうと思えた。全部荻野家の先祖が悪い。これが他人事なら、呪われて死んで当たり前だと思うし、ざまぁみろと思うだろう。だけどこれは俺のことだ。俺はバカな先祖のやらかしたことで死にたくない。
「俺はどうすればいいんですか?」
 祈祷師に訊いた。
「邪悪な念なら対処のしようもありますが、これは正当な理由があります。こういう念は恐ろしいほど強いのです。つまりそれだけ罪が重く怨みは深いので、私の力が及ぶかどうか………」
 祈祷師はそう言って唇を噛んだ。
「助けて下さい。お願いします。健二は何も悪いことしてません。全部あの清太郎という男の罪やないですか。お願いします。何とかお願いします」
 お袋は祈祷師にすがりついて泣き出した。
「こうして話している間にも、念が強くなってきているようです。私は全身に鳥肌が立ってきました。髪の毛も逆立つほどです。尋常じゃありません」
 天井板がバンと大きな音を立て、埃が落ちてきた。反射的に天井を見上げたとき、お尻に突き上げられるような衝撃を感じた。
「まずい! 逃げましょう」
 祈祷師は慌てて立ち上がり玄関に向かった。俺は何か気味の悪いものに包み込まれたような気がして身震いした。何かの存在を感じる。何かが迫っているような気がして急いで祈祷師の後を追った。お袋と陽子は俺の後から続いている。
 玄関に出ると少し楽になったが、気味の悪さは変わらない。とにかく早くここから離れたい。祈祷師は自分の車に乗り込み、俺たちも後に続いて車に乗った。
「急いで、早く!」
 陽子が叫んだ。気持ちが焦る。目に見えるものは何も無いが、何かが迫っていることがよくわかる。もう一度お尻が突き上げられるような衝撃を感じると、祈祷師はアクセルを踏み込み車を発進させた。
「玄関に女の子がいる。お兄ちゃんに遊んでって言ってる」
 俺は驚いて後ろを振り返ったが何にも見えない。
「でまかせ言うな」
「まだ言ってる。行かないでって言ってる」
「嘘つくな!」
「嘘じゃない、お兄ちゃんも見たでしょう!」
「何にも見てねぇよ」
 お袋はシートにしがみつくようにして後ろを見ている。
「陽子、お母さんには何にも見えへん。それはほんまか?」
「嘘なんか言わない! あれは、殺された子どもよ! 恨んでいるわ」
 祈祷師は黙ってハンドルを握っている。


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