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第二章(一) [小説<十九歳の呪い>]

                     第二章(一)

 車はのどかな山道を走っている。お袋の姉が隣の村に住んでいて、しばらくその家に居候させて貰うことになった。電話で詳しい話は出来なかったが、丁度娘の翔子も大阪から里帰りしているので喜ぶだろうと言っていた。昔から仲の良い従姉妹で、陽子よりも六歳年上だ。もう結婚して子どももいると聞き、陽子の顔が幾分明るくなった。
 車が玄関前に止まると、車の音を聞きつけて叔母が出て来た。お袋と歳も近く、笑顔がとてもよく似ている。
「久し振りやなぁ、みんな元気かぁ」
 そう言って車の中に顔を突っ込んで話しかけてきた。
「姉ちゃんごめんな、ちょっと色々あってな、しばらく頼むで」
 お袋がすまなそうに言うと、後ろで玄関の扉が開いて小さな子どもが飛び出してきた。それを見た陽子の身体がビクッと動いたが、後から出て来た翔子の顔を見て身体の力を緩めた。
「翔子はなぁ、お産で里帰りや。来週が予定日なんや」
 叔母さんはそう言って後ろを振り返り、翔子が重そうなお腹を両手で抱えるようにして車に寄ってきた。
「久し振りやね、この子はうちの娘で愛梨って名前やねん。三歳になったばかりや」
 翔子はそう言って額の汗を拭い、陽子が嬉しそうに応えた。

 叔母さんは若い頃に亭主を亡くし、従姉妹を女手一つで育て上げた。今も仕事は続けているが、将来は翔子一家がこの家に戻り後を継ぐことになっているらしい。それまでの間は気ままな一人暮らしだから、気兼ねせずに居ればいいと言ってくれた。俺たちのただならない様子を察してそんな風に言ってくれたのだろうと思う。
 冷えた麦茶を飲み干したお袋が今日の出来事を話し始め、叔母が時々視線を向けていた祈祷師を紹介した。叔母は言葉を失い、呆然とした表情で視線を彷徨わせた。子どもの無邪気な笑い声が部屋に響いている。
「それは、ほんまか? 疑う訳やないけど、なんかの思い違いとか………」
「姉ちゃん、これはほんまなんや。荻野家は呪われた家系なんや。それがようわかった。何とかして健二を守らなあかんのや。この大本さんに祈祷をして貰うつもりやったけど、そんな事では太刀打ちできそうにないんや」
「それで………これからどうするんや。この家にはいつまでおってもかまへんけど、なんとかせんとあかんやろ」
 叔母が心配そうに言った。
「私からお話しします」
 黙って話を聞いていた祈祷師が口を開いた。
「この二百年間、荻野家の長男は十九歳で亡くなられ、二十歳になった方はいないとお聞きしました。信じられない話ですが、事実に間違いないと思います。恐ろしいことです。現代にこんなことがあるのかと思いますが、魂の領域は平安の時代から何一つ変わっていないのです。今日感じたものは間違いなく、過去からの怨念だと思います。百年過ぎようが二百年過ぎようが、霊の世界では時間は関係ないのです。昨日のことのように現実の中に蘇るものだと思います。容赦はありません。今の私には何とも申し上げられませんが、しかし、守りを固めることは可能だと思います」
 祈祷師はそう言って唇を横に結んだ。
「守りを固めれば助かるんですね?」
 お袋がすがるように訊いた。
「それは………相手の力によりますが………可能性はあります」
 祈祷師の言葉が頼り無く宙に浮いている。


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