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ブレインハッカー  第1章幻覚その1 [小説 < ブレインハッカー >]

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                                       「ブレインハッカー」       

第1章 幻覚

 頭が痺れる………額の汗を拭いながら三浦伸也は耳鳴りがしていることに気がついた。意識し始めるとその音は急激に増幅され、何匹もの蝉が一斉に鳴き出したように思える。子供の頃聞いた、裏山から響いてくるあの音のようだ。気にしなければ蝉がいることすら忘れているのに、聞こえ始めると裏山が蝉に占領されたように思えるのだった。微妙に高さの違う音が幾つも重なり、抑揚は相殺し合って直線的な高周波の連続音として聞こえる。
<きっとアレのせいに違いない> 
 伸也は頭の上に吊るされた照明装置から放射される不快な光線を見上げた。

 伸也の働く工場は西多摩の丘陵地帯にあり、従業員百人足らずのコピー機下請け製造工場である。ベルトコンベアーで動く三十メートル程の組立ラインが三本あり、先輩達はこのラインに名前をつけて呼んでいる。そのラインの上を、肉を剥ぎ取られた醜い骸骨のような機械がゆっくり動き、その骸骨に肉をつけ化粧を施し一人前に仕上げていく。皆が同じ仕上がりでなければならない。
 伸也はマスミと呼ばれているラインに張りついている。作業が簡単で誰でも<できる>からだ。とは言っても、一日に九千本のネジを天井からぶら下がったエアードライバーで締めつけ、モーターの軸にギアーを通してストップリングをはめるのはなかなかハードな作業量である。頭と手が別の生き物のようになって、初めて一人前の仕事をこなすことが出来るのだ。
 伸也が恨めしく見上げたアレは、傷を発見し易くする為の、特殊な照明装置なのだ。係長は何の害もなく安全だと言う。しかし伸也は会社はきっと何かを隠しているに違いないと思っていた。でなければこのポジションに居た者が次々に会社を辞める筈はない。きっと係長が、勤務態度の悪い自分を辞めさせるためにこの不愉快な場所に配置したと思っていた。
 伸也は作業中に何度か窓の外を見るが、それも今ではオートメーションのようになっている。アレを見上げた後の悪魔払いの儀式なのだ。窓から見えるのは舗装された道路と雑木林である。似たような常緑樹の中に一本だけ目立って高い木が少し斜めに伸びている。名前は判らないがその雑木林の中では特別な存在のように見える。どう考えてもその木の方が立派で我慢強く寛容のように思える。でなければあんなところで何年も同じ景色を見ていられる筈がないからだ。もしかしたら自分よりも自由に暮らしているようにさえ思える。人間の感じている時間ほど当てにならないものはないし、景色だって立ち止まって見ている方がよほど変化に富んでいたりするのだ。見たり話したり、動けたりすることはちっとも自由とは関係なくて、むしろその方が不自由さを感じてしまうことが多いのだ。だから伸也は窓からその木を見ると、
<いいよな、お前は。少しは俺の身になってくれよ>
 と泣き言のようなことを心の中で話しているのだった。そうすることで少しは気が休まるような感じがしていた。
 今日何千本目かのビスを殆ど無意識に手に取ると突然ラインが停止し、辺りから機械音が消えて静かになった。主任が駆け寄って来て、
「どうしたぁ」
 と咎めるような口調で問いかけてくる。
「はぁ?」
 と返事をしたが、何を言われているのか皆目見当がつかなかった。
自分は何も失敗していないし、ラインの停止とは関係無いはずである。なのに主任は、自分に原因があるような口振りである。
「私がどうかしたんですか」
 と不満そうに応えると、
「ふざけるな、ライン見てみろよ、ギアーにストップリングが一つもついてないだろう」 と周りに良く聞こえるように大きな声で言って一台のコピー機を指さした。見ると、そのコピー機の側面ギアは今にも落ちそうで、心細そうに揺れていた。側で次の行程の岩木が、ニヤニヤしながら眺めている。当事者以外にとってはラッキーな休息時間なのだ。真也は動かぬ証拠を見せられてもまだ納得できないが、しかし自分以外にはあり得ようが無い。渋々、
「どうも」
 と小さな声で言うと、後の言葉は省略した。主任はまだ何か言いたいような表情だったが、時間の無駄とでも言うように横目で睨みながらスイッチボックスの方に足早に行った。
「岩木、何したんだよ」と、やり場のない不満をぶつけた
「また俺のせいにするのかよ、本当にどこか悪いんじゃない、三度目だよ」
「だけど俺は部品をつけ忘れたりした覚えは無いよ、気がつくとラインが止まって主任が来て、それで岩木がニヤニヤしているだろう、訳がわからないよ」
 話の途中でラインが動き始め、最後の言葉は独り言のようになって会話が途切れた。
自分の仕事振りを思い返してみるが、ストップリングをつけ忘れた覚えはない。三十メートル程のラインの上を、コピー機がゆっくり流れて行くが、自分はマニュアル通りに作業を進めたはずであった。しかし、そうでなかったことはコピー機を見ればわかるし、その部品が自分の責任であることも事実である。
 そんなことを考えている間もどんどんコピー機は流れ、伸也の手は殆ど条件反射のように動き、軸にギヤーを通してストップリングで固定していく。体は規則正しく動いているが、頭の中はまるで別の生き物のように色々な考えが浮かんでくる。まるで自分を無視して、頭が勝手に考えているような気がする。
 伸也はこの工場に勤め始めて三年近くなるが、時々妙なことが起き始めていた。この仕事の限界は三年ぐらいなのだろうか、同期で入社した同僚の殆どは転職し、伸也一人取り残されてしまった。大体は仕事に嫌気がさして辞めていったが、精神的におかしくなって辞めていった仲間も何人かいて、その殆どは伸也のポジションが最後だった。
 三時の休憩時間になったが、ライン停止が腑に落ちなかった。伸也は自分も頭のどこかがおかしくなりかけているのではと感じることが時々ある。先ほどのトラブルもそれと関係があるのだろうか。体はラインの速度に合わせて単調に部品を取りつけ、まるでロボットのようだが、頭の中では誰かと会話のようなことをし始めていることもある。自分が考えて会話を進めているということではなく、口をついて出た言葉で自分が誰かと会話をしていたと気づくのだ。
 時々隣の岩木から、
「誰と喋ってんだよ」
 とからかわれるが、実際は言われるまでにもっと喋っていたのではと思う。
「何を喋ってた?」
 と岩木に聞くと、
「ぼそぼそいってるからよくわかんないよ、自分でわからないの」
 と、逆に聞かれてしまう。無限のように感じる時間も、そんなときに限ってあっと言う間に過ぎていたりするのだ。


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