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大江山伝説(2) [小説 < ブレインハッカー >]

  

                  第3章 大江山伝説(2)

  大江町から国道一七五号線を南に二十キロ程行くと福知山盆地に入り、しばらく進むと右手に小高い丘が見えてくる。旅館<清水苑>はその一番上に建ち、他には何もない。この地方では最も古い旅館で、木造の建物が木立の中に薄ぼんやりと浮かんでいる。タクシーが玄関に止まるとようやく屋号が見え、白熱電灯で照らされた玄関に和服の女性が出迎えに出てきた。温泉がある訳でもなく、特別料理が旨いという訳でもない。夏場には幾らか賑わうがこの時期には客が激減する。。

 二回が客室になっているが物音ひとつせず他に宿泊客は居ないようである。食事と風呂を部屋で済ますと、窓際に置いてあるソファーに腰を下ろし録音テープを聞いた。静恵は何を言いたかったのか………
「殺された」
 と言った後は一言も話すことは無かった。儀策にとっても静恵の言葉が以外だったことは顔に表れていた。儀策はその言葉を無かったことのようにして別の話を続け、とうとう潮見はそのことを最後まで聞けなかった。

 部屋の明かりを消し外を眺めると、先程通った一七五号線の向こう側にぼんやりと由良川が見える。水面が月明かりを鈍く反射し闇の世界の者を通す道のようだ。
古代の丹後、丹波は文化的にも秀でた地域であった。それはフィリピンから黒潮に乗ってやって来た海人族が九州を経て日本海に入り、やがて目の前を流れる由良川を遡上し内陸部までその足を延ばしたからである。

 彼らも潮見と同じようにこの丘から鈍く光る流れを見たに違いない。そしてその鈍い光は冷気を風に乗せると斜面を一気に駆け登らせ、今にも折れそうな小枝に悲鳴を上げさせる。九旗儀策の話は童子を生き生きと蘇らせ由良川を見下ろす闇の中に立たせた。後ろ姿が闇の中に浮かび上がり、後ろで束ねられた髪の毛が小枝の下で激しく揺れている。
 
 潮見の中に蘇った童子はいつの時代にも生き、そしてこの闇の中から由良川を見下ろしていたのではないだろうか。清水苑を包み込む闇の中に数千年の時が渦巻いている。

 ジリジリと鳴る時代遅れの電話で潮見の畏れにも似た想いが現実に呼び戻された。フロントにお客様だという。名前を聞くと九旗静恵だった。
あの話に違いないと思い、急いでフロントに行くと、
「お休みのところ突然申し訳ありません。少し聞いて頂きたいことがあるのです……」
 と丁寧に頭を下げて言った。
部屋はすでに夜具が敷かれてあったがそのまま丸めて隅に押しやり、座卓を電灯の下に引きずり出すと静恵を招き入れた。

「先生には突然で信じられないと思いますが、私の兄は殺され、昭彦兄さんも追われているんです。今すぐ私と一緒に此処を出て下さい」
 潮見は静恵の表情からただならぬものを感じた。
「えっ………」
 すぐには言葉が出なかった。
「今すぐ?」
「外に連中が居るんです」
「連中?」
 潮見は腰を上げ外を確認しようとしたが、
「気づかれます」
 と止められた。
「兄を殺した連中で、清水苑前の道に駐車しています」
「警察に通報すればいいじゃないですか」
 と言うと
「そんなことをしても無駄なんです。長くなると怪しまれますから先生お願いです。後で納得できるようにお話ししますから今は私の言うことを信じて下さい。お願いです」
 静恵は真剣だった。
潮見は腕組みをすると、先程明かりを消して外を見たとき車が駐車していたのを思い出した。月明かりで色は分からないが大きなセダンだった。考えてみれば駐車場はがら空きなのに、わざわざ遠くに止めるのも不自然だし、客が居る気配もない。あの場所でないと木立に阻まれて玄関や潮見の部屋を見ることは出来ないように思えた。
潮見は訊きたいことが喉まで出かかっていたが、静恵の目を見ると言えなくなった。

 潮見は、
「わかった、とにかく貴方のいう通りにしましょう」
 と心を決めた。
静恵は、
「はい」
 と短く返事をし、
「急いで荷物をまとめて下さい」
 と言った。
 厨房から裏口を抜けると竹藪がありその先は雑木林が続く。
「私について来て下さい」
 と静恵は旅館の非常用懐中電灯で足下を照らした。人が一人通れる程の道が闇の中に吸い込まれている。
「この道を抜けると下の村に出ますから、二十分程です」
 言われるまま静恵の後をついて行くと下り坂になり、墓地らしい石塔が影絵のように見えてきた。前を黙って歩く静恵が不気味に思える。何かこの世の者ではないモノに易々と騙されてこんな処に連れてこられたような気分だ。不安を打ち消すように、
「まだですか」
 と訊くと静恵は、
「もうすぐです」
 と振り返りもせず素っ気ない返事をするだけである。墓地を過ぎると道が広くなり視野が開けた。平地はほんの僅かですぐ向かいには低い山がある。その山の手前に一本の舗装された道があり、その道を挟むように人家が見える。
静恵は初めて振り返ると、
「あそこです」
 と指さした。和風の2階建てと古い倉がL字になっている。
「こんばんは、九旗です」
 と勝手に中に入り静恵が声をかけた。中から、
「静恵先生、大丈夫ですか、用意は出来てますよ」
 と中年の男が出てきた。九旗家に行くときに乗ったタクシーの運転手で九旗紀夫といい、静恵の分家筋に当たる。
「ご存知でしょう、本当はタクシー会社の社長さんなのですが、予約が入ったら乗せてもらうようにお願いしていたんです。色々心配なことがあったものですから………」
 と静恵は紀夫を紹介すると申し訳なさそうに笑った。
潮見は、
「随分と用意周到なんですね、私とどういう関係があるのかそろそろ教えてもらえますか」
 と尋ねた。
「車に乗ってからお話ししますから、もう少し我慢して下さい」
 と静恵はまだ教えてくれそうにない。それどころかまだ車に乗せてどこかへ連れていこうというのであった。
潮見は少しうんざりしながら、
「どこまで行くのですか」
 と聞くと、九旗紀夫が、
「私が東京までお送りします」
 と答えた。
「東京まで……ですか」
「はい、それが一番安全ですから」
 と静恵は言い、
「それじゃお願いします」
 と紀夫に軽く頭を下げた。

 国産の大きなワゴン車に紀夫親子が前に乗り、セカンドシートに静恵と潮見が乗った。
静恵は車が走り出して暫くの間しきりに後ろを振り返り落ち着かなかったが、後続車が無いことを確かめるとやっと口を開いた。

「世の中に権力者と呼ばれる人は沢山いますが、一番怖いのは心を操る権力者なんです。私たちをつけ狙っている連中は、そうなるために私たちを利用しようとしているんです。詳しいことは分からないんですが、米軍と防衛庁が関係していることだけははっきりしています」
 潮見は米軍とか防衛庁という言葉に実感が無く、他人事のように
「米軍が何をしようと言うんですか」
 と聞いた。

 

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タグ:大江山 小説
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