アポトーシス(6) [小説 < ブレインハッカー >]
しゃべりはうまいのに信用できない人と、無口でも説得力にあふれた人の差はどこにあるのか、女性の嘘を見破りにくい理由とは何か、全てを左右しているのは、「見た目」だった!
顔つき、仕草、目つき、匂い、色、温度、距離等々、私たちを取り巻く言語以外の膨大な情報が持つ意味を考える。
心理学、社会学から、漫画、演劇まであらゆるジャンルの知識を駆使した日本人のための、「非言語コミュニケーション」入門書。
アポトーシス(6)
「一人の人間のイメージが世界を滅ぼすの?」
「そういうことだ。俺はイメージの力を知ったから分かるんだ。一人の人間のイメージは人類を滅ぼしもするし、また救いもするんだ。究極はイメージこそ生命の原理と言ってもいいと思うし、進化の原理と言ってもいいと思う程だ。細胞は長い進化の歴史の中で、そのことを一番良く知っているんだ。そしてそのイメージを実現してきたのも一つ一つの細胞の連鎖なんだ」
達夫は話し終えると大きくため息をついた。
「連中の研究が危険だってことはもう少し分からないけど、でも俺達が危険だってことは十分分かっているつもりだよ。これからの策はどうする?」
と昭彦は訊いた。
「研究を潰す。それしかない」
昭彦は暫く言葉が出なかったが、ようやく、
「どうやって」
と呆れたように言った。自分たちの命が狙われ、放浪者の様な生活をしているというのに兄の言うことは理解できないことばかりだった。
「ジュリアの話しでは研究員は民間人でバイオ関連の企業が絡んでいるらしいと言うことなんだ。勿論、軍の研究所とも裏では繋がっているんだけど、この企業がどこか判れば対抗出来るかも知れないと思う。今アメリカのバイオ関連企業では、クローンや臓器の再生とか、計り知れない利益を生みそうな研究を世界から血眼になって探しているんだ。資金力のあるところでは独自に研究を進めていて、クローン人間なんかも密かに実験していると考えている研究者の方が多いということだ。
俺達の研究は精神世界と細胞、つまり遺伝子の働きに関連性があることを証明するものだから、目先の利く人間なら飛びついてくるはずなんだ。これを利用すれば連中が何者か判るかも知れない。相手が判れば研究を潰す方法はいくらでもある筈さ」
達夫の考えは楽観的で、昭彦を納得させるものでは無かったが、昭彦にもこれと言った名案は浮かばない。そしてもう一つ気になることがあった。
「ところで例の殺人事件と気味の悪い男のことはどうなったの」
と訊くと、
「奴らの実験さ」
と吐き捨てるように言った。
「実験?」
「そうさ、俺の他にも似たようなことの出来る奴はいるからね。相手の脳のスイッチをオンにして憎悪と凶暴さを剥き出しにする程度のことは出来ると思うよ。正確には判らないけどスイッチというのは遺伝子のある部分を解放することなんだ。奴らは浮浪者を人間の屑ぐらいに思っているからね。俺もこの事件が気になって注意していたんだ。案の定その男は研究所で見かけたことのある奴だったね。無表情で自分のことを神のように思っている奴さ」
「それでどうするの」
と昭彦が訊くと、
「どうにも出来ないさ、奴は近くにいるだけで何もしていないんだ、見た目はね。よっぽど俺の力で息の根を止めてやろうと思ったけど出来なかったよ。連鎖が起きる危険性もあるし、それに自分の細胞も相手と同じ様にダメージを受けるような気がするんだ。でもいずれ決着をつけるさ」
小屋の中はコンロの熱と人間の体温が合わさり、一塊りになって皆を包み込んでいる。そして研究所では今も研究を続け、いずれ達夫を凌ぐような力を持った者が現れるだろう。その力を使ったとき自然界の営みに亀裂が生じる危険性があるのだ。
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