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ブレインハッカー 第6章 退行催眠(1) [小説 < ブレインハッカー >]

三位一体モデル TRINITY 三位一体モデル TRINITY (単行本)
中沢新一 (著), ほぼ日刊イトイ新聞 (編集), 赤瀬川原平 (イラスト

多摩美術大学、芸術人類学研究所 所長

三つの円を描くと、何でもわかる!「三位一体」の思考モデルは、理解のためのメガネ。   (講義録を文字に起こした著書です)

 

         ブレインハッカー第6章 退行催眠(1)

 潮見の勤める大学は冬休みで、キャンパスに学生は殆ど見あたらない。少し高台にある大学からは遠景に富士山が見え、白く光るその姿は何度見ても飽きが来ない。真に美しいものは何度でも人を感動させ癒すことが出来るものだ。その美しさの懐まで近づけばそこには人を寄せつけない程の厳しき自然の理が待ち受けていて、人の命などどれ程の重さがあるのかと思わせる。

 潮見は正面入り口近くのバス停に目をやると、こちらに向かって歩いてくる伸也と由美の姿を見つけた。相変わらず二人とも泰西工業に勤めているが、伸也の勤務状態は大方の予想を裏切り、係長から非難されることも殆ど無くなっている。由美とつき合い始めてから二ヶ月の間に変わったことの一つだ。

 朝起きて仕事に行くことは苦であり、日中の仕事が緩慢な拷問であることに違いはない。仕事をしてお金を貰い生活しているのであればその場所でベストを尽くすのが大人としての最低限のルールであることを由美から教わったのだ。
 体外離脱現象は時々起こるが以前に比べると対処の仕方は上手くなり、かなりのコントロールは可能になってきた。しかし行き先についてはコントロール出来ず、未だに由美の部屋に易々と行けたことが不可解だし、何故もう一度行くことが出来ないのか判らなかった。

 由美も時々幻覚を見るが、以前に比べると落ち着いて観察する余裕も出てきた。どう考えても現代ではないように思え、伸也のような体外離脱現象とは違うように感じていた。 潮見教授の薦めで催眠療法を受けてみようと思ったのは、自分の中の何がこんな幻覚を見させているのかはっきりさせたかったのである。今日は何かが変わるような期待感がある。

 潮見は二人を小野研究室と書かれた部屋に案内した。部屋の半分は書類の山だが、仕切りで隔てられた部屋の半分には座り心地良さそうなリクライニング椅子が中央に置かれ、隅にはソファーがこじんまりと置いてあった。くつろげる工夫がしてあった。しかし、海外の映画で見るような精神科医の診察室とは雲泥の差で、由美の想像していたものとはかけ離れていた。

 暫く待っていると、小柄で優しそうな男が、
「どうも、どうも」
 と恐縮したようにやって来て、二人を見ると、
「お話は潮見先生から伺っています。三浦さんがこちらで、岡村さんですね。深層心理を研究しています小野です」
 と早口に挨拶をした。催眠術をかけるような人はもっと落ち着いた雰囲気だと思っていた由美は少々がっかりしていた。

 しかし話し始めると自分が次から次へと喋らされているのに気がついた。実に勘が良く由美が不安に思っていたり、訊いて欲しいと思っていることを的確に質問してくるところはさすがと思わせる。短時間の間に心を開いていく自分を感じ、またそれが心地よくもあった。

「じゃぁ、岡村さんから始めましょうか」
 と言うと、中央に置いてあるリクライニングチェアーに座るよう促した。伸也と潮見はソファーに腰掛けて二人を見守った。教授は慣れた口調で話し始め、次第に由美が催眠誘導されていくのがわかる。

 教授の言葉は由美の記憶を過去へと遡らせ、伸也と潮見は身動き一つせず由美を見ている。退行催眠であることは伸也にも判るが、何が起きているのか、起きようとしているのか判らない。生まれ変わりとか、過去世を信じているわけではないが、教授はそんなことは当然あるのが前提のように、由美の記憶を過去へ過去へと誘導している。一体何処まで遡っていくのか見当がつかない。横目で潮見教授を見るとソファーから身を乗り出すようにして二人の様子を見守っている。

 

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