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第3章 その(11) [小説 < ツリー >]

トラウマの医療人類学

 

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                                          第3章 その(11)

 毎日のように、抱きつき、話しかけ、そこで過ごす時間が長くなっていった。その不思議な感覚は、俺の中に別な生き物を育て始め、得体の知れない生き物がだんだんに俺の生気を奪い取っていったように思う。 麻薬中毒のように………

 加代子を疎ましく思うことも多くなっていった。加代子は愛情の対象ではなく、性の対象として見るようになった。そして、加代子を桜の木に連れ出してしまったのだ。

あの桜に魅入られてしまったことがやっとわかった。魅入られるとはこういう事なのだ。真綿で首を絞めるように、じわりじわりと大切なものから遠ざけ、大切なものを見えなくしてしまう。そして、自分さえも見えなくなってしまうのだ。

 加代子を突き飛ばしてしまったことを悔やんだ。美緒の時は死に物狂いで抱きしめたではなかったか。
 加代子は自分が突き飛ばされたことを覚えていたに違いない。何者かに乗り移られたとき、加代子も恐ろしかったのだろう。自分の口から出た言葉を自分の耳でしっかり聞いていたかも知れない。本当は助けて欲しかったのだ。あの恐ろしい顔は、あれは哀しみの顔だったのかもしれない。
 なのに、俺は……加代子を守るどころか、恐怖に負けて突き放したのだ。

 加代子は言った。
<私がわからないの?>と。
 あれは加代子の言葉だったのだろうか、それとも………
<かわれ>とは………
  魔桜の中に潜む者の正体がわからない。
<いっそ巨木のようになりたい>と口走ったことがあった。そのことなのだろうか。

あ!違う!巨木なんかじゃない、あの子だ! なんて俺は………  

あのことを忘れるなんて!
加代子じゃなかった。あの子なんだ。

 祐介の心の中に封印、あるいは葬り去られた過去の記憶が鮮明に蘇った。あの子からの最後の手紙には、便箋が一枚入っていた。一旦は握り潰されたかのようにくしゃくしゃになった便箋が入っていたのだ。
 そこには大きく、『か・わ・れ』とだけ書かれてあった。若い祐介には余りにも重過ぎた。受け止めてしまえば自分が潰れてしまう。自分の意志とはおそらく反対に、自分の中の深いところが凍りついてしまった。これ以上受け止めず、感じず、そして封印してしまう。そうすることでしか自分を生かす道も方法もなかったのだろう。
 自分を生かすために、自分が、自分のためにしたこと。二度と触れることがないように、心の一番冷たいところに封印してしまったのだ。そうしなければ生きてこられなかった。

 加代子の言葉は、その凍りついた封印を溶かし、全ての記憶をまるで昨日のことのように、どんな小さな事も何一つ漏らすことなく脳裏に蘇らせた。
 それは、自分が自分に復讐をする合図のように思えた。

 


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