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第1章07 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 祐介は今までに出会ったことの無いタイプだった。感覚の鋭さには自信があったが、こんなにも瞬時にわかることがあるのだと、少々不思議に思った。それはタイプというよりも質感なのだろうと紗羅は席に座って考えた。紗羅の三メートルほど隣に眠そうに座っている男の何かが紗羅の席まで漂ってくるような気がする。祐介がタバコに火を点け、天井に向かって大きく煙を吐き出した。紗羅は視野の端で祐介が煙を吐き出すときの唇の動きから、タバコを持つ手の動きまで漏らさず観察している。時々酔った振りをして身体を揺らしたり、眠そうにして見せた。祐介が時々自分の方を見ることに気づいたからだ。タバコの煙も漂ってくるが、それ以外の小さな粒子が祐介の皮膚から放出されているに違いない。その粒子が紗羅の皮膚から吸収されて、体内のどこかで精密に調べられるのだろう。その結果が合格と判定されたのだ。
 紗羅は壁に身体を預けるようにして目を閉じた。判定結果をもう一度丁寧に反復して味わい確認するためだ。閉じた視野の中で隣の男は紗羅に話しかけてきたが、会話は途切れて沈黙してしまった。紗羅に会話の糸口が掴めなかったのだ。もう一度シミュレーションをやり直したが上手く話せない。何度シミュレーションを繰り返しても男との会話は途切れてしまい、とうとう眠気に負けてしまった。
「無理だね、産めない」
 紗羅の耳に突然襲いかかってくる無機質な男の声。紗羅が一番心地よく眠ろうとするときに限って、深い心の闇から突如として現れ耳元で囁くのだ。それは繰り返し繰り返し、紗羅の首をゆっくり締め上げる。
「無理だね、産めない」
 絶望の淵へ突き落とす無情な声が鼓膜を震わせる。紗羅の頬を伝う涙は幻なのか現実なのかわからない。すでに感情は麻痺しているのに涙腺だけは敏感に反応している。紗羅がいくら涙を流しても何も洗われないし、何も流されない。いつまでも涙腺の奥に涙のしこりが残っている。
「飲むと騒ぐみたいなの、何か言ってた?」
 紗羅は訊いた。
「涙を流しながら何か言ってたかな。ボーカルが大きくてよくわからなかったよ。その後でマスターが来て何か話してたよね」
 祐介は店内での様子を思い出しながら話した。
「そこからは覚えてるわ。私のせいで祐介さんが巻き添えになったのよね。迷惑だった?」
 紗羅は悪戯っぽく笑って訊いた。

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