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第一章(一) [小説<十九歳の呪い>]

 第一章 (一)

 京都駅の奥まったところに山陰線があり、荻野健二は重い足取りでホームに向かった。彼は薄暗い山陰線ホームに辿り着くと、特急列車と鈍行列車を見比べた。先ほどまで目にしてきた華やかな風景が頭の隅に追いやられ、暗くて長いトンネルが思い浮かんでくる。故郷の綾部に辿り着くまでに幾つものトンネルを抜けていくからだ。子どもの頃、鈍行列車に揺られながら幾つトンネルがあるのか数えたことがある。いつも二十を超えた辺りで面倒臭くなり、今でも幾つあるのかわからない。山間を縫うように敷設された山陰線の特徴でもあり、鉄道ファンが虜になる理由の一つでもある。
 子どもの頃は両親と兄妹二人に、祖母もまだ元気で賑やかな家だったし、母親も元気で快活だった。今は広い家に母親が一人で住んでいる。中学生の時に祖母が亡くなり、親父の明彦は今年の三月に亡くなった。そして妹の陽子が大阪で暮らし始めたからだ。
 特急で帰れば一時間ほどで着くが、そんな気にはならず、鈍行に乗ることにした。途中で乗り換えもあり面倒だが、何かがあの家に帰ることを拒んでいるのかも知れない。それでも帰ろうと決めたのは、お袋の様子がいつもと違っていたからだ。まるで俺の命に関わるような口振りだった。それは今に始まったことではなく、親父が亡くなってからだが、今までと違う違和感を感じた。その違和感の理由ははっきりしないが、お袋に今までと違う何かの異変が起きていることは確かなように思えた。俺は念のため、妹の陽子に電話をかけ母の様子を訊いた。陽子はしばらく黙っていたが、私にはそんな話は一つもしなかったと不満げに言った。
 陽子も母親を嫌っているわけではないが、俺とは反対の理由で避けるようになっていた。同じ兄弟なのに、俺のこととなると異常なほど心配するのに、陽子のことはまるで他人事のように興味を示さないからだ。陽子の怠そうな声は、明日の昼過ぎには帰ると言って電話を切った。俺と陽子は仲のよい兄妹だが、間に母親が絡むと途端に気まずくなってしまう。   
 やがて発車のベルが鳴り、ゆっくりと車両が動き始めた。この列車が綾部までの最終で、途中の園部で乗り換えをする。席は半分以上空席で、俺はボックス席を一人で占有している。足を投げ出して眠っている人や、缶ビールを飲みながら暗い車窓を眺めている人もいる。遠くの席から賑やかな話し声が聞こえ、懐かしい丹波篠山地方の方言が混じっている。
 俺は車窓に映る自分の顔を眺めた。確かに一年前と比べると顔はほっそりしてきたし、体重は五キロ程度落ちている。だけどそれは、慣れない一人暮らしとバイトのせいで、母親の言うようなことが原因ではない。だけどどう説明しても納得しない。お袋はもう病気としか思えなかった。


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