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プロローグ(二) [小説<十九歳の呪い>]

                    プロローグ その2

 弟の自分が荻野家を継ぎ、子どもの健二も陽子も元気に育って二人とも大学生になった。長男の健二は子どもの頃からスポーツが得意で体格も良い。今年の夏を過ぎれば二十歳になるが、昔聞いた話を思い出すと時々不安になる。荻野家の言い伝えを話して聞かせようと思ったこともあった。本人に気をつけさせる為だ。しかし、そんな根拠のない話をしても不安にさせるだけだし、わざわざ不愉快な伝承を伝える必要もない。今の時代にそんな事はあり得ないと思う。暗く湿気の多い橫井戸は、カマドウマにムカデ、ゲジゲジなどの昆虫の棲み家になり、時々母屋に入り込んで大騒ぎになることがある。病原菌の温床にもなるだろうし、放置して良いことは一つもない。
 荻野明彦は、何も知らせないまま橫井戸を葬ることが自分に課せられた責任だし、子をに対する親の責任だと考えた。そうすることで不愉快な伝承を断ち切り、子どもを守ることが出来ると思った。
 荻野明彦は五右衛門風呂に身を沈めながら思いを巡らせた。自分が決断したことは何度も考えた挙げ句の結論だったが、正しいかどうかは今も自信がない。もし、、伝承が本当だとしたら恐ろしい災いを被ることになる。しかし、これ以上は幾ら考えても堂々めぐりになるだけだ。
 彼は我に返ったように浴槽の周囲を見回した。長湯をしたせいか、額から大粒の汗が吹き出ている。右肩に妙な感触が伝わった。彼は反射的に視線を向けると、肩の上に大きなカマドウマを見つけ、慌てて手で払いのけた。浴槽に落ちたカマドウマが長い足をばたつかせた。飛び跳ねるように浴槽を出ると、足元にも数匹のカマドウマが入り込んでいる。脱衣所への引き戸にも何匹かのカマドウマが取り付いている。
 彼は洗面器にお湯を入れ、勢いよく引き戸にかけてカマドウマを落とし、排水溝に流れたことを確認した。いったいどこから侵入したのかと見回したが、窓はきちんと閉じてある。天井を見上げるとそこには無数のカマドウマが取り付き、今にも頭上に落ちてきそうだ。彼は悲鳴をあげながら引き戸を開けて脱衣所を見ると、そこには足の踏み場もないほどのカマドウマの大群とムカデがいた。脱衣所から飛び出した荻野明彦は、裸のまま転倒し腰を強打して起き上がれない。地面が見えないほどのムカデとカマドウマに取り囲まれ、噛み付いたムカデが身体からぶら下がっている。半狂乱になった彼は、両手の力で母屋に戻ろうと動き始めたが、その指先にもムカデが噛み付き思うように動けない。ようやく横井戸の前に辿り着き、母屋の入り口は目の前に見えている。後もう少しと思ったとき、呼吸が苦しくなり、意識が薄れていった。彼の前には横井戸が黒々とした口を開けている。
 翌日、横井戸の前で全裸で横たわる荻野明彦の遺体が発見された。顔が異常に腫れ上がり、妻の妙子にもしばらく誰かわからなかった。


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