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プロローグ(一) [小説<十九歳の呪い>]

 プロローグ

 荻野明彦は今年で五十歳になる。妻の妙子と娘の陽子は親戚に出かけてまだ帰らず、一人で寂しい夕食を済ませた。息子の健二は去年から京都で下宿生活を始め、娘の陽子も今年から大阪で暮らし始めている。夫婦二人だけの生活が始まったのだ。三月とはいえ夜になると冷え込んでくる。荻野明彦は、早めに入浴を済ませて後はビールでも飲んで過ごそうと思った。
 この家の歴史は古く、築二百年くらいになる。家の前には広いスペースがあって、車なら数台を駐車することができる。裏へ廻ると十メートルほどの高さの斜面が岩肌を露出して迫り、その崖下には山から湧き出る水で小さな池を造り、家畜小屋に納屋、風呂場などが建てられている。岩肌の端の方には奥行き数メートルほどのほら穴があり、荻野家では横井戸と呼び、昔は食物の保存などに使っていた。
 家の中は改装して近代的になっているが、風呂は別棟のまま残してある。風呂に行くには、裏口から少し外に出て歩き、そのときにどうしても橫井戸の前を通ることになる。
 荻野明彦は普段なら何とも思わずにその前を通るが、今日は何か嫌な感じがした。家族が橫井戸を嫌がるのはこういう感じなのかと思いながら、風呂場の扉を開けて中に入った。先ほどの嫌な感じというのがまだ残っていて、五右衛門風呂に身を沈めても気持ちが落ち着かない。気味の悪い橫井戸を埋めるよう依頼したのは間違っていないと思った。土木業者は橫井戸の前に目隠しを施し、明日から作業にかかると言って帰った。橫井戸については、親から悪い話を色々聞かされたが、ほとんどは迷信のように思えることばかりだった。荻野家にとっては何の役にも立たず、悪い言い伝えだけが残ってきたのだ。荻野明彦は、橫井戸を埋めてしまうことで、そんな言い伝えも綺麗さっぱり消えてなくなると思ったし、荻野家の為にもそれでいいと思った。
 彼には、その言い伝えの中で忘れられないことがあった。若い頃で、兄が死んだときに聞いた話だ。それは、橫井戸にまつわる出来事のせいで、代々荻野家の長男は二十歳を迎えることなく不慮の死を遂げているという話だった。当時は、そんなバカなことはあり得ないと思うのと同時に、もし本当ならどうして兄を守らず十九歳で死なせてしまったのかと、親を本気で憎んだ。親は、荻野家はあの橫井戸のせいで長男が立たないと言って嘆いた。それなら埋めてしまえと言ったが、そんな事をすると酷い災いが降りかかるからと言って何もしなかった。


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