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第一章(二) [小説<十九歳の呪い>]

             第一章(二) 

 綾部駅に着いたのは零時近くになり、駅前には数台のタクシーが寂しげに駐まっている。昼間の熱が冷めないまま、盆地特有の不快感となって俺の身体に纏わり付いてくる。俺はタクシーに乗り込み行き先を告げると、シートにもたれて額の汗を拭いた。年老いた運転手は慣れたハンドルさばきで商店街を抜け、信号のない一本道へと進んだ。対向車はほとんどなく、暗い道が続く。
「もうすぐお盆ですなぁ。学生さんですかぁ」
 運転手が話しかけてきたが、余り話す気にもならず、返事だけをして遠くの灯りを眺めた。
 やがて家の前にタクシーが止まり、
「お嬢ちゃん、着物がよう似合いますなぁ」
 と運転手は釣り銭を用意しながら言った。
「え? 子どもなんていませんよ」
 俺は人の良さそうな運転手に言った。
「このお宅の前は何遍も通りましたけど、何度か見ましたよ、玄関にちょこんと座ってねぇ、可愛くてスピード緩めたくらいですわ。ほな、おおきに」
 運転手はそう言って釣り銭を渡し、俺は首を捻りながら車を降りた。
 玄関には、灯りが点けてあり、その光が玄関前の植木やら、お袋が大切に育てている花々を照らし出している。
「帰ったよ」
 俺は玄関から奥に向かって声をかけた。
「おかえり、疲れたやろ」
 そう言ってお袋がリビングの戸を開けて顔を見せた。部屋に入ると刺身がテーブルに置いてあり、早く食べるように急かした。
「こんなに食べられへん、さっき京都駅で食べたばっかしや」
「若いもんが、このくらい食べられんでどうするんや、早う食べ」
 お袋は不服そうに言うと、台所へお茶を入れに行った。父親が死んでからというもの、お袋は過剰なくらいに俺の世話を焼くようになった。毎日のように電話をかけ、俺が留守でも部屋にやって来て掃除をして帰ることもある。友だちに話すと羨ましいと言って笑われるが、俺はいい加減うんざりしている。刺身だって俺はそれほど好きではない。だけどお袋にすればこれが一番のご馳走のようだ。
「タクシーの運転手がな、うちの玄関で着物姿の可愛い女の子を見たらしいけど、誰か来た?」
「だれも来とらん、見間違いや」
 お袋が台所から大きな声で言った。
「運転手は何度も見たって」
「嘘や、気にせんでええ。そんなこと言うから近所で噂になるんや」
 お袋は不機嫌そうに言った。
「噂って?」
「なんでもない、全部嘘や」
 お袋はそう言うとお茶を出し、全部食べ終えるのを見届けるように、俺の正面に座った。俺は噂のことを聞きたいと思ったが、今夜は疲れたし、お袋の態度はこれ以上何も聞き出せないと思い刺身に箸を付けた。


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