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第一章(三) [小説<十九歳の呪い>]

          第一章(三)

「明日、陽子も帰るって言ってた」
「何で陽子まで帰ってくるんや」
「俺が電話した。お袋ちょっと変やったからな、あんまり子どもに心配させたらあかんやろ」
「うちはなんにも変やない。健二のこと心配しとるだけや」
「それや、それが変なんや。俺はもう大学二年生で、もうすぐ二十歳や。それやのに、危ないことしたらあかん、車の運転はあかん、海で泳いでもあかん。なんやそれは、俺は幼稚園児か」
 俺は刺身をほおばりながら言った。
「健二が大学生なことくらいわかっとる。そんでも、注意せなあかんのや」
「俺みたいな大学生どこにもおらん、みんな好きにしとる」
「うちはなぁ、健二が死ぬんやないかと、それだけが心配なんや」
 今夜はこの話は止めようと思っていたが、結局電話と同じ話になってしまった。もうこれ以上何を話しても水掛け論になってしまう。
「一つだけ言う。俺は絶対死なへん。身体も心も丈夫やし、危ないことはせえへん。これだけ言うても信用できへんの?」
 俺はお袋を睨み付けるように言った。お袋はしばらく黙って俯いていたが、ゆっくり顔を上げると、その目には涙を一杯浮かべていた。
「うちかて、健二に嫌がられてまで言いとうない。そやけどなぁ、ほんまに心配なんや」
 お袋はそう言ってまた泣いた。もうこれは普通の精神状態ではない。心療内科に行けば何かしらの診断名が付くに違いない。明日は陽子にも協力してもらってお袋を病院に連れて行くしかないだろう。とにかく専門家のカウンセリングが必要だろうと思う。
「わかったからもう泣くなよ」
「そんなら明日一緒に行ってくれるか?」
「あした?」
「そうや、明日や。もう連絡してあるし、ええやろ?」
 お袋は涙を拭きながら言った。祈祷師の話は聞いていたが、まさかここまで段取りがしてあるとは思わなかった。俺が諦めて小さな声でいいよと返事をすると、お袋は顔を輝かせて喜んだ。まんまとお袋の涙に騙されたのかも知れないが、取り敢えずお袋の納得するようにさせるしか方法はないようだ。病院は後から陽子に協力して貰って行かせるしか無いだろう。
 どうやら俺はお袋の思う壺にはまり、祈祷師の所へ行かされる羽目になったようだ。お袋に言わせれば、祈祷師に拝んで貰えば俺の命が助かるらしい。俺には何のことだか皆目わからない。こんな酷いインチキはない。振り込め詐欺と同じだ。一人暮らしの母親を不安にさせて大金を巻き上げようというのだろう。明日は祈祷師の化けの皮を剥いでやる。そうすればお袋も目が覚めるかも知れない。
 お袋は、お風呂の用意が出来ていることと、ビールが冷蔵庫に冷やしてあることを伝えると、満足げに自分の部屋へ行った。
 俺はリビングに一人残され、部屋の中をゆっくり眺めた。お袋らしくきちんと整理された部屋を見ると、精神的な疾患を抱えているようには思えない。少なくとも親父が生きている間はそんな事はなかった。ママさんバレーのキャプテンで、PTAの会長も務めたし、友人も多かった。


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