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終章01 [宇宙人になっちまった]

    終章
 官邸の攻防から一ヶ月が経ち、敬一は久しぶりに仲間と一緒に病院の研修室にやって来た。キルケの手下にされていた三人の先輩も来ている。キルケの消滅で量子の悪魔はどうなったかわからない。頭からいなくなったのか、潜んでいるのかそれは誰にもわからないが、三人は自分を見失ってはいないようだ。乗っ取られていたときの記憶はまったく残っていない。
 キルケの下僕になることを自ら選んだ政界や経済界の人間は残らず法の裁きを受けることになる。私利私欲のために悪魔に利用されることを自ら望んだ罪は重い。
 鎌田重蔵は悪魔として生まれ、身代わりの綾音に自分をキルケと名乗らせた。本当に悪魔として生まれたのか証明できないが、死ぬときは間違いなく悪魔として死んだ。赤ちゃんは必ずしも真っ白で生まれてくるわけではない。それぞれ色んな色に染まって生まれてくる。敬一は今までそんなことは考えたこともなかったが、キルケの存在を知るとそうは思えなくなったのだ。しかしどんな色で生まれても、死ぬときは見事な純白になることもあると敬一のサードブレインは断言している。
 仲間たちは廊下の自販機に群がっているが、敬一は一人で窓際から外を眺めている。廊下から夢実のはしゃいだ声が聞こえてくる。あの声、敬一が助かったのは夢実のあの声のおかげだ。夢実が、「信じて!」と叫んでくれたからだ。あの声でサードブレインが我にかえったのだ。それまでキルケの幻覚を見ていたのだ。サードブレインは本当にアンテナだった。あの声でアンテナは宇宙の根源から送られてくるエネルギーを感じて生き返った。敬一はあの時のことをみんなに伝えようと思うが、言葉が見つからない。宇宙の根源なんて陳腐な言い方しかできないけど、言葉にすると一番近い気がしている。
 後で夢実に、「何を信じろって言ったの?」と訊いたら、「忘れた」と言われた。敬一はあの時自分が何を信じたのか思い出せないが、忘れてはいないはずだ。きっと必要なときには思い出すのだろう。
「はい、炭酸飲料ね」
 夢実が敬一の前に缶を置いた。あれから二人は自然に付き合うようになった。告白も何もなく、そうなるのが当たり前のようだった。絵里子は浜辺に熱心にアプローチしているようだが、夢実もどうなったか知らないようだ。陽介は相変わらずネットにユニコーン高校生情報をアップしているが、アクセスは少ないようだ。
 ドクターが入ってきた。
「やぁ、みんな元気そうだね。今日は色々知らせることがあるよ」
 ドクターはそう言って話し始めた。最初は心配していた例の処方薬のことだ。脳機能の回復は難しいと聞いていたが、実際は脳の補償能力が予想を遙かに上回ったと教えてくれた。現在では後遺症も見られず、乗っ取られた記憶は残っていないらしい。ただ難しいのは、そのせいで相当数の殺人があったことだ。乗っ取られた人が隣人を殺したり、その反対も多くあった。裁判能力を問うことは難しく、この傷を癒やすのは相当の時間が必要だと教えてくれた。
 量子のネットワークを利用した悪魔のことは謎のままらしい。現象から判断すれば脳が何かの影響を受けたことは明白だが、それを量子悪魔だと実証することはできなくて、もしかしたら、今も身の回りに無限に存在しているかもしれない。もうすでに頭の中にいて大人しくしている可能性も考えられると話してくれた。

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