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第一章(五) [小説<十九歳の呪い>]

            第一章(五)

 綾部駅から京都までは特急に乗り、後はバスを乗り継いで辿り着いた。まさかこんな遠くに連れてこられるとは思わなかった。貴船神社辺りまではわかったが、それから先はわからない。お袋がもうすぐ着くと言って一軒の家を指さしたときは、十一時を過ぎていた。
 遠目で見た感じでは、小さなお寺か、庵のように見える。余り生活感がなく、どこかのお金持ちが隠居生活をしているようにも思える。取り敢えず外見上に不健康な感じは見当たらない。この家に住んでいる人なら信用できると思い込まされるだろう。
 小さいが山門のような入り口があり、そこにインターホンが設置されていた。お袋はスイッチを押す前に、背筋を伸ばし一つ咳払いをした。
「ご免下さい。荻野と申します」
 お袋が丁寧な口調で言うと、
「どうぞお入り下さい」
 と優しい老人の声が聞こえた。声を聞くだけで緊張感の解ける気がする。お袋は辺りを見回しながら、石畳に導かれるように玄関に辿り着き、俺も後に続いた。古びた表札には、〈大本〉とだけ書いてある。
「お待ちしていました。遠くから大変だったでしょう」
 中から品の良い七十前後と思われる老人が現れた。お袋は深々と頭を下げると、訪問の礼を述べ、座敷へと案内された。座敷へ通されるまでに見た庭は手入れが行き届き、いかがわしいところは一つもない。まさに京都の風流人とでも言いたくなる。この人と祈祷師はどう見ても結びつかない。俺よりも一回りも二回りも人間の格の違いを感じさせられる雰囲気も持ち合わせている。今までに出会ったことのない種類の人間だ。
「お手紙を読ませて頂きましたが、そちらの方がご子息ですか?」
 大本老人は、柔和な笑顔を見せながら言った。
「はい、健二と申しまして、もうすぐ二十歳になります。今は京都の大学に通っています」
 お袋に紹介されるまま、俺は黙って頭を下げた。来たくて来たわけじゃない。俺はこいつの化けの皮を剥ぎに来たのだと、自分を鼓舞するように考えた。
「なかなか立派なご子息ですね、面構えもいいし、将来が楽しみでしょう」
 大本老人はそう言って、家族構成から先祖のこと、親父のことなど、荻野家の様々な事柄を細かに訊いた。しばらく黙って書き取ったメモを眺めていたが、これから本題に入ると言わんばかりに表情を険しく変えた。
「お手紙では、家系が呪われているとありましたが、もう少し詳しくお話し頂けますか」
 やや上目遣いで、まるで取り調べでもしているようだ。
「呪われているというのは私の思いすぎかも知れませんが、でもそうとしか思えないんです。主人が亡くなり、荻野家のお墓を新しく作り直そうとお寺へ相談に行きました。古い墓石も幾つかあって、いつ頃のもので、誰かもわからないものもありました。それで、お寺の過去帳を全て調べて貰いました。昔のことですから、どこの家でも子どもを病気で亡くしたりしているのは不思議ではないのですが、荻野家は代々長男が十九歳で亡くなっているんです。この二百年間に一つの例外もありませんでした」
 俺は驚いてお袋の横顔を見た。老人を見つめるお袋の眼差しは真剣で、精神的な疾患など入り込む余地は無いように思えるし、嘘を言ってるようには見えない。


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