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第一章(六) [小説<十九歳の呪い>]

                     第一章(六)

 お袋は話を続けた。
「お寺の記録が本当だとしたら……。それで不安になって色々なところに相談しましたが、どこも気休めにしか思えませんでした。それで、友だちのつてを頼ってお手紙を出させて頂いたという次第なのです。これは今までに亡くなった長男の俗名と戒名です」
 お袋はそう言うと、ハンドバッグから便箋を取りだして大本老人に差し出した。老人はその便箋に顔を近づけ、丁寧に見ている。
「九人ですか、このご先祖様は皆さん長男で十九歳だったのですね。最初の方は、千八百十三年。二百年前ですね。これより前の記録はあるのですか?」
 老人が尋ねた。
「ええ、まだ古い記録が残っていましたが、このようなことはありませんでした。千八百十三年の清太郎が最初です」
「何か、思い当たるようなこととか、言い伝えとかはありますか?」
「私は他家から嫁いだ身ですし、そのような話も、因縁めいたことも聞いたことはないように思います。でも、主人が時々冗談のように言っていたのは、俺の家系は長生きしないからお前も覚悟しておけと、冗談のように言ったことがありました。確かに主人もその父も、曾祖父も五十代で亡くなりました。親戚の人からも、荻野家の男は若死にするから、健康に気をつけろと注意されたことはありました」
 お袋は思い出すようにゆっくり話した。
「ご主人はご病気か何かで?」
「いえ、健康には人一倍注意していましたし、用心深い人でした。それなのに家の裏で倒れて亡くなりました。しかも全裸でした。私の留守中のことで、警察が調べましたが、ムカデ毒によるショック死ということになりました」
 お袋はそう言って顔を伏せた。
「何か不審なことはありませんでしたか?」
 老人が訊いた。
「あれほど用心深い人なのにどうしてあんなことに………そう言えば検死したときに、喉の奥に虫が一匹詰まっていたと聞きました。カマドウマです。おそらく、倒れてから口の中に入ったのだろうと……」
 お袋は言葉を詰まらせた。
「そうですか………とにかく観てみましょう。一緒に来て下さい」
 老人はそう言って立ち上がり、俺もお袋の後に付いて行った。案内された六畳ほどの部屋は薄暗く、中央に大きな祭壇がある。神社のような感じに近いが、何が祀ってあるのかよくわからない。大本老人は、数本の蝋燭に火を灯すと、祭壇に向かって深々と頭を下げて、聞いたことの無い言葉を呪文のように唱え始めた。
 正面に老人が座り、その後ろに俺とお袋が座っている。老人の声は低く、時に高くなりまた低くなる。その不思議なリズムが延々と続き、俺は眠気と戦う事に神経を集中している。やがて老人は深々と頭を下げると俺たちの方に向いて座り直した。
「詳しいことはわかりませんが、やはり何か悪い念が渦巻いているのを感じました。とても強い念で、このままでは健二さんは危険だと判断します」
「やっぱり、私の思った通りなんですね、どうすればいいんですか?」
 お袋が泣きそうな声で言った。俺は自分のことなのに、まるで他人事のように聞こえる。危険と言われても、何も思い当たることはないからだ。
「念というのはどういうことですか?」
 俺は無愛想に質問した。論理的なほころびを見つけてやろうと思ったからだ。どうせ何の根拠も証拠もないはずだ。


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