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第一章(八) [小説<十九歳の呪い>]

                        第一章(八)

蔵に入るのは十年ぶり位だ。子どもの頃にかくれんぼをして入ったが、外から扉を閉められて泣いたことを思い出した。中に入っているのは古い家具や農機具、それに普段使わない上質の食器などがほとんどだ。値打ちのある掛け軸もあるらしいが、目にしたことは一度もない。一階には大きな物があり、梯子を登って二階に行くと、狭いスペースだが書類の類が沢山置いてある。その中には俺たちの子どもの頃の学習ノートだの、夏休みの作品などがある。しかしそれはほんの一部で、ほとんどは墨で書かれた、かなり年代物と思われる文書が桐の箱に保存してある。取り敢えずその年代物の箱を一階に下ろし、母屋まで運んだ。昔の記録らしいものでめぼしいものはこれくらいだろう。
 お袋は母屋の中を探して、親父の若い頃の日記を数冊見つけてきた。これなら俺たちにも読めそうだが、少し後ろめたい気がする。
 持ち出した書類やノートの類を畳の上に並べてみたが、何を読めばいいかもわからない。取り敢えず、自分たちに読めそうなものから手に取ってみた。ほとんどは、家計簿のようなもので、お米の取れ高とか、幾らで売れたとか、葬式の会葬者の名簿など、冠婚葬祭にまつわるものがほとんどのように思えた。お袋は蛍光灯の下にノートの束を置き、黙って調べ始めた。
「あった、これはお父さんのお兄さんが亡くなった年の日記や」
 そう言って黄色くなった大学ノートを見せてくれた。表紙には昭和五十九年と、太いマジックで書いてある。親父らしい几帳面さで、まるで印刷したように見える。お袋はページを斜め読みしながら、父の兄が亡くなった日を探し始めた。
「お兄さんが亡くなる前日まで書いてあるけど、その後は一週間ほど何も書いてない。よっぽどショックやったんやなぁ」
 お袋はそう言いながら、日記を読み始めた。目に見えて表情が硬くなっていくのがわかる。唇を噛みしめ、息づかいも荒くなってきた。
「何が書いてあるの?」
 陽子が聞いても返事もせず、まるで石にでもなったようだ。ようやくノートを閉じると、黙って俺に渡し、大きく息を吸って吐いた。息を吐き終えると、まるで亡くなった祖母のように背中を丸めて俯いた。
 渡されたノートを開くと、そこには几帳面な字がびっしり並んでいる。俺のように適当に書いた字ではない。きちんと漢字を使い、余白に悪戯書きもない。考え深く慎重で用心深い親父らしい日記だ。確かに命日の後一週間ほど日付が飛んでいるが、日付を見なくてもその場所はすぐにわかった。そのページからまるで別人のように字が乱れているからだ。
 書き始めたのは八月十九日からだった。


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