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第3章07 [宇宙人になっちまった]

 エフは自慢げに言った。その他にも小さな部屋が幾つもあり、コントロールルームとか、倉庫とか、コクピットとか言われたがどれも似たような部屋で違いは無かった。絵里子は宇宙食とか、宇宙のスィーツとか期待していたようで、食事が宇宙線と聞いてからはすっかり関心を無くしていた。一通りというか、同じ部屋を何度も見せられたようで、うんざりしたような顔で最初の部屋に戻った。外の様子が見られるのはこの部屋だけのようだ。
 しばらくするとエフが、円盤の中にいるだけでもサードブレインの能力は高まるので、もう大丈夫だろうと教えてくれた。そうなればいよいよ本格的に悪魔退治が出来るらしい。
「それじゃ、ちょっと試してみようか」
 エフはそう言って下界を指さした。円盤は急降下を始め、夢実たちが待ち合わせた公園の真上で止まった。地上から二十メートルくらいで、歩いている人の会話まで聞こえそうだ。それなのに円盤に気づいたような人はいない。
「敬一君からだね、そこの青い服を着て歩いている人をね、この先のベンチに座らせてよ」
 エフの急な指示は敬一を慌てさせるだけで、青い服はゆっくりした足取りでベンチを通り過ぎた。
「じゃぁ、次は夢実さんだね、きっと出来るよ」
 夢実は敬一のように慌てることなく、黙って青い服の男を見つめている。しばらくするとその男は急に立ち止まり、何かを思い出したように向きを変えてベンチに向かった。そして躊躇することなく腰を下ろした。
「上出来!」
 エフは手を叩いて喜んでいる。
「どうやった?」
 敬一が悔しそうに訊くと、エフは何も考えなくても出来ると言うし、夢実はよく分からないとしか言わない。本当にそうなのかも知れないが、敬一は途惑うばかりだ。
「それじゃ、次。あそこの白い車のエンジンをスタートさせて」
 エフは無茶なことばかり要求する。敬一は独り言をブツブツ言いながら車を見つめている。
「え! 動いてるわ。聞いて、エンジン音よ」
 絵里子がびっくりして言った。円盤の中なのに、まるで側にいるように聞こえる。
「敬一君はね、ビーム系が得意だね」
「ビーム系って何?」
 夢実が訊いた。

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第3章08 [宇宙人になっちまった]

「電磁気力信号の空中伝搬っていえばいいのかなぁ。サードブレインの得意とする能力だよ。夢実さんだってすぐ出来るようになるよ」
「ねぇ、他にはどんなことが出来るの?」
 絵里子が訊いた。夢実や敬一の能力を魔法でも見るように楽しんでいる。
「サードブレインは電磁気力が得意だからね、つまり何でも出来るってことかな」
 エフは得意げに答えた。
「電磁気力って何なの? 難しいわ」
絵里子が不満そうに訊くと、エフは困ったような表情で教えた。
「えっとね、身の回りにある便利な電気製品や道具は全部電磁気力で動いているんだ。とにかく便利なもの全部でいいよ。サードブレインはね、直接コンタクト出来るから。自動車もね、直接話しかけて動かしたんだ。動けって命令するだけだよ」 
「あんなに離れた自動車に命令が届いたってことね、ちょっと怖い。どこまで届くの?」
「どこでもだよ。宇宙のどこにいてもね。青い服の人を動かしてるのは筋肉だけどね、筋肉を動かすのは電磁気力信号ってことさ。脳なんてね、電磁気力信号の塊だからね。サードブレインは感受性も強いけど、量子を使った伝搬力は相当だよ。月の裏側まで届いちゃうかも。悪魔の奴らも量子を使っているからサードブレインを嫌がるんだよ。昔のことはよく分からないけど、もしかしたらサードブレインと悪魔は兄弟みたいな関係だったかも知れない。同じところから生まれて分かれてしまったように思う。悪魔はね、重力が面倒だったんだと思う。だから面倒な身体を捨てて、量子ネットワークだけの生命体になったんだ」
「なんか便利そうだけど私は嫌だわ。何が楽しいのか変な奴らね。あ、だから生き物を殺して楽しんでるのね。でも本心は身体を持ってる生き物が羨ましいのよ、嫉妬だわ。身体を捨てたこと後悔してるに違いない」
 絵里子はそう決めつけると納得したようだ。
「私たちこれからどうすればいいの、サードブレインは完成したようだし。悪魔退治するっていつから? ビーム使えば悪魔のネットワーク壊せるんでしょ。無敵ってことね」
 夢実は学校で悪魔を追い払ったばかりだし、ビームが使えることが分かったから自信満々でエフに訊いた。

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第3章09 [宇宙人になっちまった]

「そうだね、でもそれほど甘くはないんだ。もしそうなら今まで苦労すること無かったよ。僕らはネックレスがあるから奴らは近寄れないし、近くに来たって夢実さんの音波だって使えるしビームも効果があるよ。でもそれだけなんだ。ネットワーク壊したって、そのうち元通りさ。だからへっちゃらなんだ。それで油断してたらね、悪魔に乗っ取られた人間に襲われることもあるんだ。車が突っ込んできたり、頭上から何か落ちてきたりね。奴らは僕らがいなかったらやりたい放題さ。もうちょっとで核戦争になるとこだったしね。小さな戦争や小競り合いはいつものことだね。僕らはうんざりして、サードブレインが成長してくるの待ってたんだ。そしたらこの有様で悪魔だらけになっちゃった。このままだといつ核戦争になるか分からなくなっちゃった。君たちの普通の脳がね、もう少し悪魔に抵抗できたらいいのにあっという間に言いなりだよね。やっぱりね、身体があると悪魔が持ってくるおいしい餌に騙されてさ、一巻の終わりだよ」
 いつも笑顔で優しく話してくれるエフが少し苛立ちを見せながら話してくれた。
「おいしい餌って何?」
 絵里子がエフの顔を覗き込むようにして訊いた。
「そんなの簡単だよ、欲を満たしてくれるものだよ。君たちは本当に欲張りだから悪魔のいい餌食だね。笑っちゃうよ。そんなことでこの綺麗な星を潰して欲しくないね。ここはいい餌場だよ。だから悪魔が群がって殺しを楽しんでるんだ、もううんざり」
 エフが本気で怒り出した。
「でもさ、私たちに何が出来るの? いくら追い払ってもどんどんやってくるんでしょ。キリが無いわ。エフは進化した宇宙人なんでしょ、いい方法考えてよ。そりゃね、餌に食いつく人間が悪いんだけどね」
 絵里子は諦めたように言った。自分が餌に弱いことは身に染みて分かっているからだ。
「ねぇ、悪魔の総本部とか、悪魔のラスボスとか、そういう分かりやすいのは無いの? だってさ、悪魔って量子のネットワークが身体ってことでしょ。だったら個々の悪魔もネットワークで繋がってるのよね」
 夢実は窓の外を見ながら言った。夢実のサードブレインは解答に近づいているのかも知れない。

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第3章10 [宇宙人になっちまった]

「悪魔はね、個とか全体とか区別が無いみたいなんだ。奴らは一人のときは別々に動いてやりたい放題さ。乗っ取った後の行動も好みも違うしね。僕たちと同じなんだ。だけど変なのはね、人間から出てくるといきなり沢山で合体することもあるんだ。それでまた急にバラバラになったりするしね。それとね、個で経験したことがあっという間に全部に伝わっちゃうんだ。わかる?」
 エフは自分の説明に納得できないようだ。
「じゃぁ、ポットのお湯と同じね。カップに小分けしても同じお湯でポットに戻しても同じお湯だからね。そうよ、じゃぁ、コップに毒入れてポットに戻せば全部に毒が回るってことね。私って凄くない?」
 夢実は大発見をしたように言った。
「じゃぁさ、とにかく悪魔に毒を仕込めば全部に毒が回るってことね。私賛成よ。その作戦でやろうよ」
 絵里子はもうこれ以上考えるのは面倒だから賛成したような口ぶりだ。友達同士でもめたときもこんな感じで絵里子が強引にまとめてしまうパターンが多い。
「毒とかなんとか言ってるけどさ、悪魔の毒って何なの? 身体の無い奴らだよ」
 敬一が呆れたように訊いた。
「本当だわ、ダメじゃん。勝ったと思ったのに、また振り出しね」
 絵里子が残念そうに言った。
 色々考えてはみるが、相手は量子のネットワークを利用した生命体で肉体が無い。しかも個が合体したり分離したりする。いくら考えても弱点が見つからない。せいぜい奴らの嫌なことをして追い払ったり、逆に乗っ取った身体の中に大人しくさせて閉じ込めておく程度だ。ほとぼりが冷めたら息を吹き返して殺人を楽しむのだ。敬一は色々に考えを巡らせたがまだサードブレインは何も教えてくれない。
「あの三人はどうなったの? やっぱり僕と同じようにサードブレインが完成してビームとか出来るようになってるの?」
 敬一は行方不明の三人と出会ったことは無いが、悪魔がサードブレインと肉体を持ったことが気になっていた。
「僕もそれが一番心配なんだ。ノーマルな人間を乗っ取っても、その人間の能力を超えるようなことは出来ない。だけどサードブレインを乗っ取られるとやっかいなんだ。何をしてくるか予測できないんだ」

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第3章11 [宇宙人になっちまった]

 エフの困った顔は敬一を不安にさせた。それどころか、彼らが突然襲ってくる可能性があると言うのだ。そうなると対応策が思いつかない。敬一のサードブレインには今のところ物理的な暴力に対抗できるような力は無さそうだからだ。それに彼らの顔を見たことが無いから近づかれても分からない。ネックレスだって肉体に入った悪魔には反応しないから役に立たない。考えれば考えるほど自分たちに不利な条件ばかりが目立ってくる。
「俺が奴らの情報集めてやるよ、悪魔に乗っ取られる前はネットのどこかに情報残してるさ。名前と高校が分かれば十分だよ」
 陽介はそう言いながらもう指は動いてドクターに連絡している。とにかく基本情報を手に入れようというのだ。ドクターならかなりの情報を持っているはずだ。
「ねぇ、エフは進化した宇宙人なんでしょう。なんか便利な道具で、例えば完璧なバリアー張ったり出来ないの? 後は透明になるとか。遠くの星から来たんだからそれくらい朝飯前でしょ」
 絵里子が少し苛ついた様子で言うと、エフは何かを思いついた様子で隣の部屋へ消えた。しばらくすると、小さな包みを幾つか持ちニコニコしながら戻ってきた。
「思い出したよ、いいものがあった。ちょっと僕を殴ってごらん、絶対本気だからね」
 エフはそう言うと絵里子の前に顔を突き出した。
「いいのね、手加減しないわよ」
 絵里子はわざと大きく拳を振り上げてから顔面めがけて振り下ろした。エフはひょいと拳を避けると、まだまだと言って顔を突き出した。絵里子はムキになって拳を素早く何度も動かしたがその度に軽く避けられてしまった。隣にいた陽介は携帯を操作していた指の動きを止めると、
「俺の番だ!」と声を出して殴りかかった。エフ以外の誰も当たったと思ったが、寸前でまたもひょいと避けられ、エフはニコニコして立っている。
「これ、使えると思うよ。何かの調査で地上に降りるときに着ているんだ」
 エフは手に持った包みを開けると、中から薄いシルクのような素材の衣服が出てきた。パールホワイト色で艶がある。しかし、エフが着るにしてもサイズが小さく、とても高校生の身体が入るようには見えない。エフはそんなことにはお構いなく着ろと言わんばかりにそれぞれ手渡した。
 陽介は無理を承知の上で腕を通すと、服が陽介の身体に合わすようにサイズが大きくなった。陽介は驚きながらゆっくりもう片方の腕を通し頭を通すと驚くほどジャストサイズに収まった。勿論下半身も同じように変化した。ジーンズの上から履いたのでその窮屈感はあるが、服自体はまったく圧迫感無くフィットしている。
「危険を探知して回避できる服なんだ。人間に襲われることは想定していないけどね。動物とか突然のアクシデントに対応するよ。原理は自動車の自動運転装置と同じ原理だから簡単だよ。ほとんど君たちの持っている技術で作れると思う。難しいのは服の素材かな。細い繊維の一本一本が電気信号で動かないといけないからね。その繊維が筋肉のように身体を動かしてくれるんだ。だから本当は素肌に直接着るんだけどね。これを着ていればかなり安全だと思う。回避するかどうかの判断も服自体が勝手にしてくれるよ」

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第3章12 [宇宙人になっちまった]

 エフはそう言いながら身体を動かして見せてくれた。
「それとね、自分の意図した動きをサポートしてくれるよ。だからね、運動能力は相当高くなることも覚えておいてね」
「すげぇ、これで空飛べたらスーパーマンだ」
「空は無理だけどね、できるだけいつも着ていてね」
 エフは少し不安そうに注意した。あの三人組の悪魔はサードブレインを完成させて敬一たちの隙を狙っているかも知れないからだ。近くにいれば円盤のウェーブで見つけられるが行方不明では探しようがない。
「後藤先生からのラインなんだけど、三人が見つかったって。なんていいタイミングなんだろうね。でもそれがね、和歌山でしかも警察に追われてるんだって。製薬会社に忍び込んでいるのが防犯カメラに録画されていたらしい。盗んだ車で移動していることも分かって、逃げた方向も判明したんだって。親のところに警察から連絡があって和歌山に親戚とか知り合いがいないか訊かれたんだって。それからね、三人の顔写真がネットにあったから送るね」
 陽介はそう言うと素早く指を動かしあっという間に送信した。三人ともかなり緩いセキュリティのままネット利用していたようで、個人情報はダダ漏れのようだ。しかし行方不明になってからは一切ネットは利用していなかった。
「なんで和歌山なんだろうね。それに製薬会社に忍び込むなんて、悪魔の操り人形だとしても意味が分からないよ。そうなると潜伏場所は和歌山方面だね。これからどうする?」
 敬一がエフに訊いた。
「取り敢えず奴らはこっちには来ないと思うからしばらく安全だと思う。だけど奴らは和歌山で何かを始めているんだ。次のユニコ会までに僕が和歌山へ行って奴らのことを調べておくよ。ある程度絞り込めばウェーブも有効に使えるからね。とにかくね、奴らの居場所を見つけてから考えよう。何かを企んでいることは間違いないから急がないとね」
 エフは腕組みをしながら言った。敬一や夢実はサードブレインの能力についてもう少し教えて欲しい様子だったが、エフに促されるように円盤から降ろされた。そっと立木の裏の方に降りたから誰の目にも止まらないし、空を見上げても円盤を見つけることは出来ない。いつもだが見事だ。敬一は円盤の存在を当たり前のこととして受け止めているが、知らない人たちからすればどれほど衝撃的なことだろうかといつも思う。

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第3章13 [宇宙人になっちまった]

「陽介、あの服着たままよ!」
 絵里子が言った。艶やかなパールホワイトの全身タイツ男は、仲間と一緒でなければ通報されるレベルだ。
「脱ぐ前にちょっと試していいか?」
 陽介は急に飛び跳ねたりダッシュしてみたり怪しげな動きを始めた。近くを歩いていたカップルが端に寄って早足で通り過ぎ、俺たちまで変人のように見られている。
「予想以上だ!」
 陽介はそう言いながらジャンプを高く跳び始めた。その高さは二メートルを超え、もはや異常だ。敬一は跳ぶのを止めさせると、余り目立つことはするなと注意した。悪魔の奴らが和歌山にいたとしても安全とは言えない。もし誰かが飛び跳ねてる様子を撮ってネットに晒したらどうなるか分からない。瞬く間に世界中の人に知られるからだ。悪魔は肉体を持たないが、量子ネットワークの中に高度な知性を持っている。その存在方法が果たして生命と言えるのか分からないが、明確な意思と目的を持ち、殺しを純粋に楽しんでいるという。そして奴らにとってサードブレインが邪魔であるのは確かなようだ。敬一は目に見えない悪魔の存在を考えると不安で仕方ないが、陽介はサードブレインをスーマーマンのように思い、今まで以上にお気楽に見える。円盤に乗り、パワースーツまで貰い、まるではしゃいでいる子どもと同じだ。
 気がつけば辺りは薄暗く、街灯の明かりが通路を照らし始めていた。陽介は木陰に隠れてパワースーツを脱いできた。
「脱いだら身体が重い、重力って面倒だよ。悪魔の気持ち分かるな。でもさ、エフはいつも着ていろと言ってたから高校にも着ていくだろう」
 陽介はそれが当たり前のように言った。
「まぁ、そうだね。これからは何があるか分からないからね。用心した方がいい。夢実も絵里子もだよ」
 敬一は念を押すように言った。駅までは歩いて二十分ほどの距離だが、今までのようにのんびり歩けなくなっていることに気付いた。
「今のところ悪魔らしいのは見かけないよね」
 絵里子がキョロキョロしながら訊いた。木陰とか、街灯の届かないところに誰かが潜んでいそうに思えるのだろう。
「大丈夫そうだね、人通りもあるし」
 敬一が言った。
「でもさ、悪魔に乗っ取られた人間が近くに来たって分からないよね。どうすればいいの? 今すれ違った人の中にいたかも知れないよね。エクソシストみたいな悪魔顔ならいいけどさ、円盤で見つけた悪魔なんか普通のオヤジだよ。あんなのに豹変されたらもう終わりよ、打つ手無しね」
 夢実は敬一の後ろを用心深く歩きながら言った。絵里子と同じで話しながらキョロキョロしていて落ち着きが無い。四人も高校生が歩いていながら誰も携帯を手にしていないし、用心の仕方が度を超している。むしろこの四人の方が不審者のようだ。
 東京の夜は夜中に女の子が一人で歩いても安全な街だと思っていたし、実際夜中でも怖いと思ったことは無い。それなのに今日は友達と歩いていても不安で仕方がないのだ。夢実は明日から必ずパワースーツを着ようと思ったし、昼間でも絵里子といようと思った。
 駅前で四人は別れたが、連絡は密にすることを約束した。朝と昼と夜は基本で、それ以外でも変わったことがあればすぐに連絡して、パワースーツは必ず着用することも確認し合った。次に四人が顔を合わせるのは日曜日の午後で、駅で待ち合わせて行くことになった。

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第4章01 [宇宙人になっちまった]

       第四章
 桜ヶ丘駅前のロータリーに三人は集合時間よりも早く集まり夢実を待っている。前回別れたときよりも表情が幾分柔らかくなっているようだ。約束したよりも相当多く連絡を取り合い、ちょっとでも異変らしきことを見つけると緊急速報レベルで知らせてくる。最初の二日ほどはそんな感じで、連絡が入るたびに緊張していた。しかも一言目は、「大変!」だった。さすがに三日目くらいになると、一度も悪魔に遭遇することが無かったせいなのか、「今度はなあに?」と気が緩んできた。パワースーツを身に纏っている安心感もあるのだろう。着慣れてくると思った以上に優れた性能だと分かってきた。おっちょこちょいで時々転んで膝を擦りむいたりしている絵里子はスーツのおかげで火傷をせずにすんだのだ。弟がふざけてこぼした熱湯を間一髪で避け、母も弟も目を丸くしてしばらく声も出なかった。絵里子の運動神経では逆立ちしても出来ない動きを見せたのだ。でも一番驚いたのは絵里子で、筋肉を痛めそうな動きもそうだが、まさかスーツがそんな種類の危険を察知するとは思ってもいなかった。まだまだこのスーツは未知数のようだ。
「みんな早いわね」
 最後にやって来た夢実が声をかけた。
「落ち着かないのよ、やっぱり四人一緒にいるのがいいわ」
 絵里子はそう言いながら夢実の腕を掴んだ。日曜の午後の駅前は買い物などで行き交う人たちで混雑しているが、いつも通りで変わったところは見当たらない。ネックレスにも反応は無く、黒い影も見えない。夢実はそうやって身の回りを観察するのが習性のようになってしまっている。学校でも注意していたが、あれ以来見ていない。だけど一度でも見てしまうと、ただの日陰でも身体がビクンと反応して自分でも驚くことがある。もしかしたら自分の心が過剰にスーツを反応させているのかも知れない。
 定刻に電車は動き出し、定刻に到着する。日本では当然の日常だが、悪魔の存在を知ってしまうとそれさえも疑わしく思えたりする。運転士の腕一本に多数の乗客の命が委ねられているのだ。飛行機もそうだし、高速バスも同じだ。乗り物に限らず、一人の人間の腕一本に他人の命が委ねられていることは多くある。その一人が悪魔に乗っ取られたらどれほど酷いことになるのか考えるだけでも怖ろしい。夢実は今までそんなことは思ったことも無い。当然のこととして運転士を信用していたからだ。今は先頭車両に乗り、運転士の後ろ姿をそれとなく観察している。他の三人も同じで、自然に先頭車両に乗り込んで一番前に場所を確保したのだ。雑談はしていても、誰かが無意識に運転士や前方を注意している。勿論、何事も無く電車を降りて病院に向かうが、どこにいても油断できない日常にはまだ慣れない。

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