第2章1 [メロディー・ガルドーに誘われて]
祐介の鼓膜をバスドラムの音が激しく揺らし、身体が飛び跳ねるように反応して身構えた。大地震かトラックが家に突っ込んできたようだ。祐介は周囲を見廻し、ステレオを操作するカズと、キッチンに立つ紗羅を見つけると、眉間に皺を寄せながら立ち上がった。
「これなんですか?」
挨拶代わりに大きめの声で訊いた。
「アート・ブレイキーのチュニジアの夜だ。目が覚めるだろう」
カズが嬉しそうに言うと、
「カズの朝はいつもこうよ、大音量で目が覚めるわ。これだけ大きい家だとやりたい放題ね。雑草が伸び放題で廃墟みたいだけど、他人を気にしなくていいところだけは気に入ってるの。都会では一番の贅沢ね」
紗羅がキッチンから叫ぶように言った。祐介は少し気持ち悪いが、二人は何事も無かったかのようだ。時計を見ると午後二時を過ぎている。
「今日は重労働だからね、いっぱい食べてね」
紗羅がまた大きな声で言った。テーブルを見るとピザとサラダがあり、珈琲の香りにも気がついた。二日酔いでピザはあまり気が進まないが、食べないと紗羅の機嫌を損ないそうな気がして一枚を手に取って食べた。
「俺は飯を食ったら店に行くから後は適当に頼むよ」
カズは身体でリズムを取りながらピザに手を伸ばした。
「ちょっとズルくない、二人で重労働やれって言うの?」
「草刈りは俺に似合わないからな、ビザールの年間パスを贈呈するからよろしく」
カズはそう言って笑った。
「俺はオーケー、その代わりビザールに入り浸りますよ」
「私もビザールに入り浸るわ。二人とも無職だからね、毎日行くわよ」
紗羅はそう言いながらカズを睨んだ。カズはピザを口に押し込み、珈琲と一緒に胃袋に流し込んだ。食事を味わうとか、楽しむとかの嗜好は皆無のように見える。口にピザを押し込んでいるときもアートブレイキーのリズムに酔っているようだ。
「いつもこうよ、食事には関心が無いの。だから私が工夫して料理してもね、美味しいなんて言ったこと無いのよ。音楽とか音響にはあんなに拘っているのにね、関心が無いって恐ろしいね。目の前にあっても見えてないのよ」
紗羅はカズに聞こえるように話したが、まるで聞こえていないようで、アルバムを聴き終えると、祐介たちを見ることも無く、片手を軽く挙げながら玄関に消えた。リビングを満たしていた濃密な空気もカズと一緒に消えてしまい、先ほどとは対照的に静寂が二人だけの空間を満たした。祐介はコーヒーカップを持ってソファーに腰を下ろすと室内をゆっくり見廻した。壁面には物憂い表情のコルトレーンの白黒写真が掛けてあり、音響機器が数台にスピーカーは三セットほど置いてある。そして膨大なレコードが天井に届きそうなところにまで置いてある。店にも相当数あるから、合わせれば日本でも有数のコレクターかも知れない。
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