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第2章 その(5) [小説 < ツリー >]

神々の精神史 (講談社学術文庫) <カミ>を語ることは、日本人の精神の歴史を語ることである。著者は、神話・伝説・昔話などの構造分析を手がかりに、文化人類学と民俗学のはざまから揺さぶりをかける。神々の棲む村、民話的想像力の背景、根元神としての翁、フォークロアの先達・筑土鈴寛(つくどれいかん)など、日本文化の深層にひそむ民俗的発想の原点を探り、柳田・折口以後の民俗学を鋭く批判した。人類学的視点から問いかけた刺激的な知の軌跡。

 

 

                                   第2章 その(5)

 翌日、鳥の鳴き声で目が覚めた。こんな目覚めは久しぶりだし、夜中に目覚めることもなかった。夢を見ることもなく、あの桜の木の場所に行くこともなく過ぎた。一日の始まりは朝だと思える。
 一人社務所に取り残されたときは心細い思いをしたが、こうやって気持ちよく目覚めてみると、それもよかったと思う。

 ここで一人で過ごす一日を想像してみる。まず神社をゆっくり見学、まだこの神社の名前も知らないし、何が祭ってあるかも知らない。それから飯。戸棚にカップラーメンが置いてあるらしい。後は周辺散策をしてみよう。それしか思い浮かばないが、もうそれで十分な気がする。

 裏口の戸を開けると冷気が吹き込みブルっと身体が震えた。山の斜面のようで下から風が吹き上げてくる。下界を目を這わすように見ていくと、昨日は気がつかなかったが遠くの方に小さく海が見える。
 建物の周囲には、廃材の山とドラム缶があり、ドラム缶は焼却用に使っているのか周囲の土が焼けたような色になっている。建物の土台の木材は所々朽ちたようになり、補修した後もなく埃がたまり枯れ葉が吹き寄せられていた。

 景色を見ながらゆっくりと歩き、社務所の正面に出ると、大きな石段があり、その先に本殿が見えた。
貧乏神社には違いないが、こうしてみると山と一体化したような存在感と歴史を感じた。その存在感を揺るぎなきものにするように、ひときわ大きく立派な樹木が堂々と立っている。

 それは、あの桜よりも更に太く大きくそして圧倒される。凄い奴だと思った。見上げていると神社の本殿なんておまけのように思えてきた。神様がいるとしたら、屋根の下なんかにいないで、あの立派な奴と一緒にいるに違いない。あいつが神様だって言われたら納得してしまうだろう。
 
 あいつに触りたい。無性にそう思う。あの古びた木肌に手を置いて耳を傾けたい。俺は軽快に石段を登り、もう一度その巨木を下から見上げた。こんな奴に出逢ったらもう言葉もない。桜のようにいかにも古木といった瘤や虚が見あたらず、まるで鉛筆のように真っ直ぐ天に向かって伸びていた。木の周囲はロープで囲ってあり、側に立て札がある。大きな字で、天然記念物と書いてある。その下の小さな字は古ぼけてよく読めないが、どうやら杉の木らしい。

 ロープを超え、直接木肌に手を触れた。地中深くから吸い上げられた水が樹木の水管を通り、頂点まで上がっていく音が伝わってくるように思える。桜の木にするのと同じように両手を広げ抱きついてみた。
 徐々に身体の感覚が失われていくような気がする。どこかへ吸い込まれていくような感じ。気持ちいい。桜の木も同じように吸い込まれる感じがするが、最後は不安な気持ちを意識させられてしまう。こちらはただ気持ちよくて、そして……、切ない感じ。
 この感じはどこかで味わったような、懐かしい気がする。そっと手を離しもう一度頭上を見上げた。あの切なさがはっきりと残っていた。なんだろう、この感じは……。

 

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