第2章 その(7) [小説 < ツリー >]
タントラ -インドのエクスタシー礼賛- イメージの博物誌 8 (-)
フィリップ・ローソン (著), 谷川 俊太郎 (翻訳)
第2章 その(7)
それにしてもひどい婆さんだ。俺が人間じゃないだと、ぼけるにも程がある。ああやって、周りの人を困らせているのだろう。少し散策してから飯と思ったが、あの婆さんが帰るまで待とう。それまでに飯を済ませればいいと社務所に帰った。
食事も済み、先ほどの婆さんも、足を引きずるような音がしたので帰ったはずだ。裏口から表に出ると、そこにはあの婆さんが粗末なベンチに腰掛けていた。
「まだいたか、お前は匂いで分かる。人間の匂いじゃない。獣でもない、私に何か用でもあるのか、それ以上こっちへ来るな」
さっきより落ち着いて見えるが、これ以上は近づかない方がいいだろう。
「俺は間違いなく人間だよ、二十二歳で大学生、こんな話をする化け物なんていないだろう?」
ただのボケ婆さんではないようだし、もっと話をしたくなった。
「何を言ったって無駄だ、匂いは誤魔化せないからね」
「匂いって、どんなですか?」
俺は、婆さんの感じている匂いを知りたくなった。
「お前の匂いはとても嫌な感じがする。これは悪いものの証拠だ。昔から悪いものが姿を現すときはこんな匂いがした。お前の姿形がどんなでも、悪いものには間違いない。用が無いなら早く消えてしまえ」
「俺は神主の片岡さんの知り合いなんですけど、それでも悪いものですか?」
「リュウの知り合い?」
「ええ、隆一さんから、ここに泊まるように言われて、それでここに居るんです」
そこまで話すと、婆さんはしばらく考え込むようにしていた。
「わかった、それなら教える。お前の匂いは死臭みたいなものだ。この匂いがすると悪いことが起こる。昔からそうだった。頼むからこの村に死臭を連れてこないでくれ。お前が人間ならリュウにきちんとお祓いをしてもらえ」
婆さんはそれだけ言うと、腰を上げ、何やらぶつぶつ言いながら帰って行った。
確かにいい体臭はしないだろうけど、死臭はないだろう、俺はTシャツをめくり匂いを嗅いでみた。あの婆さん、まだ俺のことを人間と思ってなかったに違いない。せっかくのいい気分が台無しになってしまった。
気分直しにもう一度石段を戻り、あの杉の木の下に立った。匂いのことが気になり、辺りの匂いを意識して嗅ぐようにした。動物の死骸でもあるのではないかと思ったが、何も変わった匂いはなく、木々の清々しい香りがするだけだ。
一体俺がどうしたというのだろう、昨日から、魔桜に魅入られて殺されるとか、死臭がするとか、ろくな事がない。お祓いをしろってなんだよ。
「ふざけんなー、バッキャヤロー!」
婆さんの帰っていった方向に大声で叫んでみた。聞こえただろうか。こだまが響くだけでシンと静まりかえっている。散策をする気分も無くなり社務所に戻った。いつもの習慣なのか、あれほどぐっすり眠ったのに眠気を感じる。布団の中に潜り込むといつしか意識は薄れていった。
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