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第1章11 [メロディー・ガルドーに誘われて]

  祐介も紗羅も勧められるままにウィスキーを喉に流し込んだ。どの酒も口当たりが優しく飲みやすいものだからつい調子に乗ってしまった。夜が明ける頃には相当酔いが回り、足腰も立たないほどになった。カズも相当飲んだはずだが、陽気になるだけでまだまだ飲めそうに見える。

「二人ともギブアップなのか、しょうがねぇなぁ、泊まってけ!」

 カズはそう言い放つと、バタンとソファーに横になり、瞬時に大いびきをかき始めた。

「最近はいつもこうなの、散々飲ませて、結局自分が一番にバテるの。もう少し若い頃は朝まで平気だったけどね。それにもっと色んな人が出入りしていたわ。最近は私と母ばかりね。人との付き合いもなんだか嫌になってきたみたいなの。カズがこんなに嬉しそうに飲んだのは久しぶりよ。相当気に入られたみたいね」

 紗羅はカズに毛布を掛けながら言った。

「カズさんはここで一人暮らし?」

「そうね、もう二十年くらいかしら。奥さんが亡くなってからはずっと一人ね。何人か付き合った人もいたみたいだけど、長続きはしなかったようだわ。カズは変わり者だからね、カズの良さがわかる人はそういないのよ」

 紗羅はそう言うとカズの寝顔を横目で確かめるように見た。

「祐介さん、彼女は?」

「彼女? 無職の男に彼女なんてムリムリ」

 祐介は手のひらを左右に動かしながら言った。

「無職なんて関係ないわ。何がしたいかよ、肝心なのはね」

「何かあればいいけど俺にはやりたいことなんてないかな。紗羅さんは何かあるの?」

「そうね、今はカズの家の草刈りがしたいわ。この家ったらね、庭が広くて草がぼうぼうなの。エンジン草刈り機でやるとね、とっても気持ちいいわよ」

「あ、それ、俺もやってみたい」

 祐介は身を乗り出すように言った。

「じゃぁ、決まりね、今日の午後開始よ。酔っ払いじゃ危険だからね、よく寝ておいてね」

 紗羅はそれだけ言うと、フラフラと立ち上がり、コップを持って二階に消えた。紗羅の形の良い尻を恨めしそうに見送った祐介は、明るくなりかけた窓を睨むとソファーに倒れ込むように眠った。

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第2章1 [メロディー・ガルドーに誘われて]

  祐介の鼓膜をバスドラムの音が激しく揺らし、身体が飛び跳ねるように反応して身構えた。大地震かトラックが家に突っ込んできたようだ。祐介は周囲を見廻し、ステレオを操作するカズと、キッチンに立つ紗羅を見つけると、眉間に皺を寄せながら立ち上がった。

「これなんですか?」

 挨拶代わりに大きめの声で訊いた。

「アート・ブレイキーのチュニジアの夜だ。目が覚めるだろう」

 カズが嬉しそうに言うと、

「カズの朝はいつもこうよ、大音量で目が覚めるわ。これだけ大きい家だとやりたい放題ね。雑草が伸び放題で廃墟みたいだけど、他人を気にしなくていいところだけは気に入ってるの。都会では一番の贅沢ね」

 紗羅がキッチンから叫ぶように言った。祐介は少し気持ち悪いが、二人は何事も無かったかのようだ。時計を見ると午後二時を過ぎている。

「今日は重労働だからね、いっぱい食べてね」

 紗羅がまた大きな声で言った。テーブルを見るとピザとサラダがあり、珈琲の香りにも気がついた。二日酔いでピザはあまり気が進まないが、食べないと紗羅の機嫌を損ないそうな気がして一枚を手に取って食べた。

「俺は飯を食ったら店に行くから後は適当に頼むよ」

 カズは身体でリズムを取りながらピザに手を伸ばした。

「ちょっとズルくない、二人で重労働やれって言うの?」

「草刈りは俺に似合わないからな、ビザールの年間パスを贈呈するからよろしく」

 カズはそう言って笑った。

「俺はオーケー、その代わりビザールに入り浸りますよ」

「私もビザールに入り浸るわ。二人とも無職だからね、毎日行くわよ」

 紗羅はそう言いながらカズを睨んだ。カズはピザを口に押し込み、珈琲と一緒に胃袋に流し込んだ。食事を味わうとか、楽しむとかの嗜好は皆無のように見える。口にピザを押し込んでいるときもアートブレイキーのリズムに酔っているようだ。

「いつもこうよ、食事には関心が無いの。だから私が工夫して料理してもね、美味しいなんて言ったこと無いのよ。音楽とか音響にはあんなに拘っているのにね、関心が無いって恐ろしいね。目の前にあっても見えてないのよ」

 紗羅はカズに聞こえるように話したが、まるで聞こえていないようで、アルバムを聴き終えると、祐介たちを見ることも無く、片手を軽く挙げながら玄関に消えた。リビングを満たしていた濃密な空気もカズと一緒に消えてしまい、先ほどとは対照的に静寂が二人だけの空間を満たした。祐介はコーヒーカップを持ってソファーに腰を下ろすと室内をゆっくり見廻した。壁面には物憂い表情のコルトレーンの白黒写真が掛けてあり、音響機器が数台にスピーカーは三セットほど置いてある。そして膨大なレコードが天井に届きそうなところにまで置いてある。店にも相当数あるから、合わせれば日本でも有数のコレクターかも知れない。

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第2章2 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「凄いでしょ、カズはジャズファンの間では有名みたいよ。時々ね、雑誌に記事を書いたりしているわ。音響関係の本も出しているみたいね。聴きたいレコードあったら回してもいいわよ」
 紗羅は腰に手を当て、レコードを見上げながら言った。
「自分の好きなことを仕事にできるなんて羨ましいね、俺もそんなことを目指したけどね。気が付いたら苦しくて苦しくて」
「それで辞めたの?」
「まぁ、そんなところかな。仕事があるだけでもありがたいのにさ、我慢できなくてね、後先考えずに辞めてさ、結局ただの負け犬になったよ。社会不適合者だね」
 祐介はそう言うと小さく笑って見せた。
「カズも似たようなこと言ってたわ。俺は落伍者だって。親の遺産のおかげで好きなことやってられるってね。ビザールではギリギリだって」
「それでも羨ましいね、遺産じゃなくて、ずっと好きなことがあるってことがね。俺の夢は醒めてしまったよ。今はなんにもなしのろくでなし男」
「じゃぁ、あるのは可能性だけね。無限ね、楽しみだわ」
 紗羅は嬉しそうに言ったが、祐介は小さく頷くだけで何も言えなかった。自分のことを負け犬と言ったのは本心で、この先にどんな未来も見えなかった。可能性なんて言葉だけで、実際には絵に描いた餅のようにしか思えなかったからだ。紗羅の言葉は世間知らずの慰めにしか聞こえない。
「可能性か……俺には眩しくて真っ直ぐ見られそうにないよ」
 祐介はコルトレーンのポートレートを見ながら言った。
「重症ね、それじゃリハビリ開始よ。ここで待ってて、道具を揃えるからね」
 紗羅は勢いよく雨戸を開け、庭へ飛び出していった。午後の日差しで暖められた空気と一緒に陽光が祐介の足もとを照らした。一番苦手な光だ。プログラマーを十年続けた後遺症は、昼間の光を嫌うようになったことだ。セピア色の気怠いジャズの染み込んだこのリビングもきっと祐介と同じなのだろう。眩しい光に晒されて色褪せてきた。暗闇を支配していた艶やかな生命力がその力を弱め始めたようだ。

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第2章3 [メロディー・ガルドーに誘われて]

   庭を見ると、予想していたよりも広くて荒れている。ありがちな庭石とか灯籠などは見当たらず、だだっ広い空き地のようになっている。周囲は塀に囲まれているので、通りからは見えないが、それをいいことに荒れ放題にしているのだろう。昨夜、やりたいと言ったことを後悔した。暫くすると紗羅は長靴に長いエプロン、フェイスガードを抱えてやって来た。

「これを装備してね」

 紗羅は祐介の足もとに置き、庭の隅にある物置の中に消えた。祐介が身支度を終えると、物置から草刈り機を持ち出してきた。かなり古そうで汚れが付いたままだ。手入れをした形跡はない。草を刈る部分には汚れたナイロンコードが付いている。これが高速回転をして鞭のように雑草をなぎ倒すのだ。使ったことは一度もないが、なんとかなるだろう。

 紗羅は慣れた手付きで紐を引いてエンジンを掛けると、祐介に手渡した。スロットルを開くと甲高い音が響き、シュルシュルとナイロンコードが音を立てる。雑草に当てると見事に粉砕し、飛び散った雑草がエプロンにこびり付く。テニスコート一面くらいはありそうだ。新宿でこの広さは相当な資産家のはずだ。この土地を売れば郊外に豪邸を建て、一生を贅沢に遊んで暮らせるだろう。祐介は自分ならそうすると思いながら、荒れた庭を見廻した。

「ここは刈っちゃダメよ。カズは何にも手入れしないから花が可哀想だわ。ちっとも興味がないのよね」

 紗羅はそう言うと腰を屈めて手で雑草を引き抜き始めた。どうやらそこら辺りには可愛い花が咲くらしい。

 祐介は言われた場所を避け刈り進める。懐かしい匂いが鼻の粘膜を刺激し、子どもの頃に母の田舎で過ごした夏休みを思い出した。


 二歳年上の慎太郎に連れられ、急な山肌を木の枝に捕まりながら登った。裏山でそれ程の高さはないが、四年生の祐介にはちょっとした冒険に思えた。慎太郎の後を追い、息を切らせながら頂上にたどり着くと、慎太郎は粗末な造りの秘密基地に入っていく。枝が屋根代わりで、所々破れたブルーシートで周囲を囲んである。下には粗末なむしろが一枚敷いてあるだけだ。

 中に入ると慎太郎はポケットからクッキーを一枚渡してくれた。下界を見渡せる側はシートを開けてあり、そこから川向こうの町並みが見える。祐介は鉄橋を渡る電車を見ていたが、慎太郎は下界にはまったく目もくれず、枝の間から、上空を見上げながら何かを目で追っている。

「呼んでる!」

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第2章4 [メロディー・ガルドーに誘われて]

  草刈り機を動かす手が止まった。今まで思い出したことのない映像がありありと蘇った。慎太郎の声で顔を上に向けるとそこにいたのは間違いなくUFOだった。

「どうしたの?」

 紗羅が大きな声で言った。

「いや、何でもない」

 祐介は何事もなかったかのように草刈り機を操作したが、心臓は騙せない。あの時と同じように大きな鼓動でめまいがした。辛うじて足を踏ん張り耐えるとその場に座り込みエンジンを止めた。

「終わりにする?」

 紗羅は腰を伸ばしながら言った。

「そうだね、終わりにしよう」

 祐介は小さな声で返事をすると、草刈り機のベルトを肩から外した。汗が噴き出すように出てくる。

「気持ちいいね。残りはこの次よろしく」

 紗羅はそう言いながら隣に座った。

「俺の体力じゃ一時間が限界だよ」

 祐介は刈り残した雑草を眺めた。小さなピンクや紫色の花を咲かせている雑草も混じっている。何も気にとめず片端からなぎ倒すようにして作業を進めたが、終わってみると、自分が随分乱暴なことをしたような気がした。雑草には小さな虫もいて、驚いて逃げ出す姿を何度も見た。

「急に考え事してたね」

 紗羅が真顔で訊いた。

「変だった?」

「時間が止まったみたいだった。抜け殻みたいに見えたよ。ちょっと心配になって声を掛けたの。何かあったの?」

「うん、突然だった……思い出したんだ。UFOを見たことを。記憶のカケラも残っていなかったのに……思い出した」

 祐介は刈り終えた雑草を見ながら考え込んだ。

「UFOって、あの未確認飛行物体のこと?」

「そう、俺はあの時、UFOを見た。間違いないよ。でも誰にも話していない。秘密にしたんじゃなくて、記憶から消えてたと思う。でも間違いないよ。俺は裏山で慎太郎君と一緒にUFOを見たんだ」

 祐介はそう言って空を見上げた。

「どんなだったの?」

 紗羅は祐介の顔を覗き込むようにして訊いた。

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第2章5 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「すぐ頭の上、十メートル位の高さだと思う。浮かんでた。絵に描いたような円盤がそこにいたんだ。オレンジ色の光もなく、無音で目立たない色、グレーだったと思う。大きさは十数メートル程度かな。そんな巨大じゃなかった。最初に見つけたのは慎太郎君で、呼んでるって叫んだからわかったんだ。二人とも黙って見上げていた」
 祐介は空を見ている。
「怖いとか、逃げようとか思わなかったの?」
 紗羅も空を見上げながら訊いた。UFOがそこにいそうな気がしたからだ。
「それが不思議なんだ。草刈りしているときにね、最初に思い出したのはその時の感情だったと思う。だから思わず目を閉じてしまったんだ。その感情に引きずられるように映像が出てきたんだ。あの時の気持ちはなんだろう、懐かしくて、安心感に満たされたような気持ちだった。だから怖いとか逃げようなんてこれっぽっちもなかったよ」
「それでどうなったの?」
 紗羅が訊いた。
「黙って見ていた。あっという間だったかも知れないけど、よくわからない。そしてあっけなく見えなくなった」
「それだけ?」
「あぁ、それだけ。ポカンと浮かんだ円盤が一枚の絵みたいだ」
「UFOが見えなくなってからどうしたの? だって円盤見たんだよ、慎太郎君と二人で盛り上がったでしょう?」
「覚えているのは、黙って山道を下りたことだけで、バイバイも言わずにそのまま別れたような気がする。毎年帰省しているのに、慎太郎君とはそれ以来顔を見ていない。UFOと一緒に慎太郎君も記憶から消えてしまったみたいだ。そんな名前の友達がいたことを今日思い出したんだ」
 祐介は西に傾き始めた太陽を見ている。二十年前にも慎太郎と一緒に裏山から沈みかけた太陽を見たはずだ。
「不思議な話ね。見たのが祐介さんだけなら、子どもの頃に見た夢だった可能性もあると思うけどね、でも二人で見たのなら、音信不通の慎太郎君に連絡すれば何かわかるんじゃないかしら」
「そうだね、久し振りに帰省してみるかな。その裏山にも登ってみたいね」
「いい考えね、私もその話もっと詳しく知りたいわ。円盤が二人の前に現れたのは何か理由があるはずよ、絶対そうだわ」
 紗羅は大きく目を開いて言った。
「何で急に思い出したんだろう。今日は不思議な日で、おまけに疲れたよ。シャワーを浴びたいね」
「シャワーは私が一番よ、草刈り機は物置ね、よろしく!」
 紗羅は素早く立ち上がると、後ろも見ずに家の中に消えた。

タグ:UFO
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第2章6 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 広い庭に取り残された祐介は目を閉じ、思い出した記憶を辿りながら裏山を登った。決まった道はないが、獣道を辿るように木々を掴んで急な斜面を登るのだ。裏山の入り口は確か、大きな岩があって、その岩を掴んで最初の一歩を踏み入れるのだ。そこから頂上までほぼ一直線に進むことになる。大岩のところはありありと思い出せたが、そこから先は思い出せるほど目立つものはなく、登山シミュレーションはすこし進むと記憶が霞んであっけなく終わってしまった。
 祐介は暮れかけた新宿の、高層ビルの隙間から届く西日を身体に浴びながら、山頂から遠くに見える鉄橋を思い浮かべた。その景色は鮮明に思い描くことができるのに、一緒にいたはずの慎太郎君の顔がどうしても思い出せない。あともう少しなのに、最後のパーツが気持ちよく収まらない。そして霞の向こうに消えてしまう。もどかしさを味わいながら家の中に入ると、紗羅が髪の毛を拭きながらやって来た。
「お母さんが夕方来るんだけど、それまでいてくれる、いいよね」
「いいけど、どうして?」
「面白そうだから行くって言ってたわ」
「面白そうって、何が?」
「祐介さんに決まってるでしょ」
「俺を見物に来るってこと? 珍獣扱いだなぁ」
 祐介は困ったような顔で返事をしながらシャワーを浴びに行った。
 なんだか妙な感じになってきた。昨日まで何の関わりもなかった人が、突然祐介の懐に土足で踏み込んでくるような感じなのだ。だけどそれは不愉快ではなく、簡単に受け入れてしまっている。強引に扉を開けられた気はしないし、祐介が扉を全開にしているわけでもない。たまたま鍵穴が合ってしまったような感じなのだ。こんな時、田舎の祖母なら、何かの因縁よと言うに違いない。
 祐介が風呂から出て、何か聴こうとブルーノートの盤を物色していると、玄関の方から物音と声が同時に聞こえた。
「入るわよ!」
 振り返ると、買い物袋を重そうに持った女の人が上がり込んで来た。
「あ、あなたが谷野祐介さんね、紗羅の母です。来ちゃいました、よろしくね」
 そう言いながら買い物袋をテーブルの上に乗せた。
「ケーキ買ってきたわよ」
 お母さんがキッチンに大きな声で言った。
「ありがとう、珈琲入れるから待っててね」
 紗羅の大きな声がキッチンから響く。
 他人の家なのに何の違和感もなく、この家の家族のような気がしてきた。この不思議さは紗羅なのか、お母さんなのか、それともこの家なのか。少なくとも祐介にそんなものはない。
「祐介さん、悪いけどそこの戸棚からケーキ用の皿を出してちょうだいね」
 お母さんは祐介の顔も見ずに言った。戸棚と言われて周りを見たが見当たらない。キッチンを覗くと隅の方に確かに戸棚があって食器類が入っている。紗羅は珈琲を淹れることに集中しているようだ。祐介が棚の中から金の縁取りのある皿を三枚取りだしテーブルに出すと、お母さんは手際よくケーキを取り分け、
「どれが好きかしら?」
 と祐介の顔を見て訊いた。
「それじゃ、このモンブランにします」
 と答えると、
「予想通りね」
 と言って笑った。娘の年齢からすると五十近いはずだが、とても若く見える。三十代でも通りそうだ。紗羅も珈琲をテーブルに置き、フルーツの乗ったケーキを選んだ。
「紹介するわ、無職の谷野祐介さん、二十九歳で独身。彼女なし、夢もなしで貯蓄はあり。親と同居で、子どもの頃UFOを見たことがあるらしい。それにジャズ好きね」
 紗羅はケーキと祐介を交互に見ながら早口で言った。
「次はお母さん、山辺みち代、年齢は適当ね。友達のケーキ屋を手伝ってるわ。独身で彼氏なし、だと思うけど。趣味は料理とケーキかしら、味は一流よ。あとはね、色々こだわりがあるみたいだけど、私には理解不能ね。これでいいかしら?」
「まぁ、いいわ。そんなところね。味は一流って本当よ、モンブラン食べてね、美味しいわよ」
 お母さんは祐介にケーキを勧めた。どうやらお母さんの手作りで、友達のお店に出しているものらしい。
 祐介はすっかり二人のペースに乗せられ、モンブランを口に運んだ。確かに美味しい。食べながら思わず声を出してしまった。 
「気に入ったみたいね」
 紗羅が笑いながら言った。
「出逢ったばかりと聞いたけど、昔からの知り合いみたいね」
 みち代が訊いた。
「そうなのよ、まさかカズの家に連れてくるなんて思ってもいなかったわ。タクシーに乗って並んで座ったときに気がついたの。とんでもないことしたって。そしたら急に意識しちゃって、私の緊張感たらハンパなかったよ。こう見えても人見知りだからね。おかげで酔いが醒めちゃった。でもね、並んで座ってたら不思議なのよ、着く頃には安心しちゃったの。どうしてかしら」
 紗羅はお母さんに話していたが、最後は祐介に訊いた。
「俺は正直言うとね、ヤバイ奴らのカモにされたかも知れないと思ったけどね、妙に緊張している紗羅さんを見て俺は安心したんだ。それよりも驚いたのはこの家を見たときだよ。豪邸だからね、とんでもないところに来たと思ったよ」
「そうね、カズは見かけによらずお坊ちゃまなのよ。おじいさんは国会議員だったし、お父さんは大学病院の医者だったの。この家はおじいさんが建てた家らしいわ。年季が入っているでしょう。ちゃんと建てた家はね、年月が価値を高める……はずだけど、カズはきちんとメンテナンスしないからダメね。だからこの立派な家もカズの代でおしまいかしら」
 みち代は値踏みするように天井を見上げた。
「この家を継ぐ人はいないんですか?」
 祐介が訊いた。

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第2章7 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「そうね、子どもが一人いるけど施設で暮らしているの。重度の障害があってね、自宅では介護できないの。二十歳の女の子で千晶って名前よ。生まれてからずっと病院だったわ。一歳になった頃に退院したけど、ほとんど一日中介護が必要だったし、一日に何度も痰の吸引が必要だったの。六歳のときに母親が亡くなってからはずっと施設暮らし。だってカズが一人で育てることはできなかったの。だから跡継ぎはいないわね。でもね、カズはそんなことはこれっぽっちも気にしていないみたいね。自分の家系が絶えることは平気だけど、チーちゃんのことが心配で先に死ねないって言ってるわ。自分の家で一緒に暮らすのは難しいけど、ほとんど毎週面会に行って普通の親子よりも仲良しだわ」
「お母さん、お喋りはそのくらいにしたら? そんな話をされたって困るわ。祐介さん、そうよね」
「そんなことないですよ、自分の好きなことを仕事にできて羨ましいとばかり思っていたのですが……」
「お気楽なオヤジに見えたのは仕方がないわね、私は今だってそう思ってるわ。それがあの人の不思議なところだし魅力ね」
 みち代はそう言って笑った。
「祐介さんに言わないでカズに言えばいいのにね」
 紗羅が言うと、
「絶対言わないわ。そんなこと言うとね、カズは調子に乗るからね」
「本当は言いたいのよ」
 紗羅は横目で祐介を見ながら言った。
「紗羅はね、いつもそうやって私をからかうのよ。でも今日はそんなことはどうでもいいの。私はUFOのことが聞きたいから来たのよ。祐介さん、いいでしょう?」
 みち代はコーヒーカップをテーブルに置きながら言った。
「いいですよ、でも何も面白くないですよ」
 祐介はそう前置きをすると、先ほど思い出したことから、裏山でのこと、友達の慎太郎のことを話した。
 みち代はUFOのことを詳しく知りたがったが、祐介は下から見上げていただけなので、外観以上のことは何もわからないし、窓から宇宙人が覗いていたなんてこともない。みち代はそれ以上の話しはないとわかると、慎太郎のことを訊いた。だけど何一つ答えられない。それどころか、慎太郎という友達が本当にいたのかどうかも疑わしい。もしその友達が実在しなかったら、祐介の夢か幻想と言うことになる。
「どうして思い出せないんだろう、一緒に頂上にいたことは鮮明に思い出したのに。それ以外の慎太郎君のことは何もわからないなんて。これじゃUFOを見たことも疑わしくなるよ。でもなぁ、あれは絶対本物のUFOだった」
 祐介は天井を見上げながら言った。見上げればそこに、あのとき見たUFOを思い浮かべることができる。なのに慎太郎君のことが思い出せない。
「帰省して確かめるしかないわね。私はいつでもいいわよ」
 紗羅は一緒に出かける気になっている。
「帰省って、京都だよ、丹波篠山。なかなか大変だよ」
 祐介が心配そうに言うと、
「大丈夫よ、カズの車で行けばいいわ。一般道ならガソリン代だけでオーケーよ。割り勘でいいよね」
「いいけど、まだ知り合って二日目だよ。俺から言うのも変だけど、悪い男かも知れないし、もしかしたら犯罪者かも知れないよ」
「じゃぁ、決まりね。いつにする?」
 紗羅のペースで話しが進み、みち代は微笑みながら聞いている。普通の母親なら止める場面なのに、そんな気配はなく、好きなようにしなさいと言っているようだ。
「まぁ、いつでもいいよ。暇だからね」
「それじゃ、明日は寝るから、明後日がいいわ。ビザールの前に十二時よ」
 紗羅はそう言うと、祐介の返事も聞かずにキッチンへ消えた。祐介は冷静さを装うだけで精一杯だ。昨日の夜から紗羅という女に翻弄されっぱなしで、とうとう京都までドライブ旅行をすることになった。勿論、紗羅はタイプだし断る理由は何もない。むしろ棚からぼた餅状態なのだが、それにしても展開が急すぎる。理性とかの判断力はほとんど機能不全になっている。そして紗羅のいいなりに事が運ぶのだ。とにかく祐介にとってこんな女は初めてなのだ。どう対処するのが正解なのかわからない。
「ごめんね、いつもこんな調子なの。紗羅をよろしくね」
 みち代は軽く頭を下げると微笑んだ。親の顔が見てみたいと言うがその親が目の前にいて頭を下げた。この親にしてこの子ありか……祐介はそう思いながら、黙って頭を下げた。

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第2章 8 [メロディー・ガルドーに誘われて]

 ビザールの前に古そうな黄色の車が停まっている。ハザードランプを点けているから紗羅かも知れない。見たことのない車だ。運転席を覗くとやはり紗羅がハンドルを握っていた。
「すごい車だね。見たことないよ」
「カズはね、貸すのを嫌がったけど店を手伝うって言ったら貸してくれた。祐介さんも帰ったら働くのよ」
 紗羅のペースに少々呆れたが、しかし悪い気はしないのが紗羅の不思議なところだ。しばらく就職するつもりはないし、面白そうだから紗羅の提案に従うことにした。
「なんていう車?」
「いすずの117クーペよ。デザインが日本人離れしているでしょう。有名なイタリア人デザイアーの作品。カズが若い頃に手に入れて大事にしているけど、最近はほとんど乗っていないみたいね。オーナー会ぐらいかしら。でもメンテは完璧、エンジンは快調よ」
 そう言うとエンジンを吹かした。最近の車にはない心地よい音が響く。
「運転できるでしょう、百キロで交代ね」
 そう言うと紗羅はサングラスを掛け、
「どの道で行く?」
 と訊いた。
「太平洋側がいいね」
 祐介は、太平洋側の気持ちよいドライブコースを思い浮かべた。今の時期なら桜の開花を見物しながら西に下ることができるだろう。高速には乗らず、一般道のみのドライブなので時間は高速の倍近くかかるが、その方が寄り道も出来るし、楽しそうに思える。
 紗羅は百キロで交代と言っていたが、多摩川を越えた辺りで祐介に交代となった。エンジンの調子は良いが、実際に運転となると、相当疲れてしまう。クラッチとギアー操作が煩雑で、しかも旧車のクラッチペダルはかなり重い。渋滞で紗羅の左足が音を上げ祐介に交代になったのだ。しかし祐介もマニュアル車は教習所以来だから、ぎごちない発進を数回繰り返してようやくスムーズに動かせるようになった。紗羅の運転で祐介は助手席で何度も右足を踏ん張り、祐介の運転で紗羅は身を乗り出すようにして前方を睨んだ。その緊張感がようやく緩み、時々見かける桜を眺める余裕も出てきた頃、祐介は気になっていたことを訊いた。
「どうして俺と一緒に田舎へ行こうと思ったの?」
「だって、不思議な話を聞いたのよ、真実を知りたいわ。友達の慎太郎君が実在するかも確かめたいし、好奇心プラス成り行きね。祐介さんはどうして断らなかったの?」
「雰囲気かなぁ、昔からの友達に誘われたみたいで、一緒に行くのが当たり前のような気がしたからだよ。紗羅さんのことは何にも知らないのに、全部知ってるような気がするんだよね」
「私の何を知っているの?」
 紗羅が笑って訊いた。
「何もかも知ってるけど、今は忘れて思い出せないだけ」
 車内に二人の笑い声が響き、恋人同士のようだ。二つの円が急速に接近し、重なり合ったところに濃密な何かが生まれようとしている。
 太陽が西に傾き、正面から遠慮のない光線が差し込んでくる。茜色に染められた紗羅の横顔は、祐介の知性では届かない世界を隠し持っているようだ。祐介は謎を秘めた横顔を何度も見た。
 やがて太陽は落ち、沈黙が二人を柔らかく包み始めた。沈黙はリトマス試験紙のように何かの反応を確かめようとしている。紗羅の左手が髪をかき上げ、胸を大きく動かし息を吐くと、祐介も同調するように大きく息を吐いた。祐介の反応は紗羅に伝わり、それが無限ループのように回転を始め、感情を緩やかに揺らし始めた。
「どこかで休む?」
 祐介が訊いた。
「そうね、少し足を伸ばしたいわ」
「わかった」
 祐介は当然のように小さく返事をすると、アクセルを少し踏み込んだ。遠くの方に街の灯りが見え始めてきたからだ。あそこまで行けば二人が足を伸ばして休めるところがあるだろう。遠くからでも目立つラブホの看板も見えてきた。静かに駐車場に滑り込むこともできるが、ホテルが近づくと少しスピードを緩めただけで何事もなかったように通り過ぎてしまった。次に見つけたホテルもやはり同じようにスピードを緩めただけで通り過ぎてしまった。やがて街の灯りが途絶え、道沿いの人家もなくなり暗い山道に入った。
「ちょっと怖いわ」
 紗羅はそう言いながら辺りを見回した。ヘッドライトの先は得体の知れない闇に包まれている。
「ああ、何か出てきそうだね」
 祐介はそう言うとルームミラーで背後を確かめた。
 上り勾配がきつくなり、道幅も狭くなってきた。
「大丈夫かしら?」
「この道幅じゃUターンも難しいなぁ」
「圏外だからスマホも使えないわ」
「これでエンジンが故障でもしたらお手上げだね、頼むよ」
 祐介はそう言うとハンドルを軽く叩いた。
「エンジンなら大丈夫よ、古い車だけどカズの整備は完璧よ」
「それなら安心だね、慎重に走ろう」
 祐介はカーラジオのスイッチを入れたが、電波状態が悪くてほとんど聞こえない。
「ねぇ、さっきホテルに入ろうと思った?」
「うん、ちょっと思った。よくわかったね」
「ホテルが見えてくると黙り込むし、入り口近くでスピード落としたよね、バレバレよ。年の割に純情なところは褒めてあげるわ」
 紗羅はそう言いながらくすりと笑った。
「なんだか緊張して損したなぁ、この次は大丈夫だから任せてもらおう」
 祐介は胸を張った。
「でもこの山の中じゃ無理そうね。少し眠ったら交替ね」
 紗羅はそう言うと、靴を脱いでリクライニングを倒した。そのままピクリとも動かず、暫くすると小さないびきがが聞こえてきた。
 出逢ってまだ四日目の紗羅という女が助手席で眠っている。祐介は時々紗羅の寝顔を見るが、どう考えても、自分には不釣り合いないい女なのだ。だけど違和感を感じない。それはビザールで話したときからそうだった。カズの家で飲んだときもそうだったし、草刈りをしたときも同じだった。まるで家族か兄弟のようで、同じ材料で作られているような気がする。二人の一部を切り取って混ぜればすぐに一つに混じってしまいそうで、祐介の本心は今すぐにでも紗羅を抱いてそれを確かめたい衝動に駆られる。紗羅はそんな祐介の本心を見透かして面白がっているようだ。
 祐介はハンドルの向こうの暗闇を見ながら、紗羅と出逢ってからのことを思い返した。ビザールへ行ったあの日の行動の小さなことも含めて、どんな些細なことも今に繋がっていたのだろうか。こうなる為にビザールへ行ったのだろうか。何かに手綱を引かれて京都へ向かっているのだろうか。そして一番の不思議は、あの思い出した記憶のことだ。あれからずっと考えているが、あれ以上は何も思い出せない。思い出した部分は鮮明なのに、それ以外の部分は欠片も見えないのだ。
 一時間ほど走ると突然道が広くなり、人家の灯りが見えてきた。このまま西に走れはコンビニくらいはあるだろう。疲労はもう限界に近く、目を開けているのがやっとで、腰も相当怠くなってきた。小さな集落をいくつか過ぎるとようやくコンビニの看板が見えてきた。ここで休まなければ確実に居眠り事故を起こすだろう。祐介は駐車場の端に車を停め、そのままリクライニングを倒すと急速に意識が遠のいた。

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第2章 9 [メロディー・ガルドーに誘われて]

「しんちゃん! 僕だよ! 僕だよ! しんちゃん!」 
 祐介は懸命に叫んだが、少年は後ろ姿を見せて走って行く。いくら呼んでも振り向きもせず、少年の背中が小さくなっていった。
 祐介は自分の口から発した言葉に驚いて目覚めた。紗羅が祐介の顔を覗き込むように見ている。
「俺、なんか言ってた?」
 祐介は額の汗を拭きながら訊いた。至近距離で見る紗羅の顔が別の女のように見える。
「大丈夫? ずっと眉間に皺を寄せて眠っていたわ。誰かの名前を呼んでたよ」
「名前を?」
「そう……しんちゃんって呼んでたわ。泣きそうな顔してた。どんな夢だったの?」
「……置き去りにされて……泣いた……悲しかった」
 祐介は消えかける夢を追いかけたがそれ以上は何も思い出すことはできなかった。自分が呼んだ、しんちゃんという名前は慎太郎君のことだと思うが、しんちゃんと呼んでいた記憶はない。
「涙の跡があるわよ」
 紗羅に言われ、手の甲で涙の跡を拭うと、お腹が減っていることに気づいた。
「何か買って朝ご飯にしようか」
 祐介が誘った。二人ともよく眠ったようで、駐車場には数台が駐まり、車中で弁当を食べている人もいる。八時前だから出勤前の腹ごしらえだろうか。二人も弁当を買い込み、車中で朝食となった。
「四時間ほど眠ったね、身体はきついけど眠気はスッキリしたよ。このまま綾部まで行けば昼前には着くね。それともどこか温泉でも寄る?」
 祐介が訊いた。
「温泉もいいけど、私は早く着く方がいいわ。そうしたら午後には裏山に登れるでしょう?」
「そんなに裏山へ行きたいの?」
「そうよ、まずは現場検証からね」
 紗羅は目を輝かせた。
「現場? 検証? 二十年ほど前だよ、何もないよ」
「見ることは沢山あるの、楽しみだわ」
「UFOマニア?」
「近いわね、市民サークルに参加しているわ。変わり者の集まりだけどね。最近は未確認空中現象UAPって言うのよ。私は接近遭遇の情報を集めているの」
「接近遭遇?」
 祐介は、半ばあきれ顔で言った。
「UFO接近遭遇よ。こういうジャンルのサークルは市民権を得ていないけどね。カッコよく言えば現代の民俗学ね、幾つかの事例を集めたわ。綾部に行くのもフィールドワークのつもりよ」
「現代の民俗学? 民俗学って昔の伝承とかを集めたりして調べるんだろう? どこでUFOと結びつくの?」
 祐介には理解できない。
「昔はね、鬼も天狗も河童も民話の中に生きてたのよ。とても生々しくね。沼には龍が住んでいたし、妖怪はどこにでもいたわ。でも現代になって、そんな不思議が消えていったの。非科学的とか言われてね。でもね、そう簡単に死にはしないわ。UFOは現代の妖怪かも知れないし、本物の宇宙人ってこともあるかも知れない。だからUFOは現代の民俗学なの、調べる価値はあるわよ。龍とUFOは一緒かもね」
 紗羅の目が輝いている。
「龍とUFOが一緒?」
「可能性としてね。昔の人には空を飛ぶ乗り物という発想がないから、鳥以外の大きな物が空を飛んでいるのを見て、話しが伝わるうちに変化して、例えば龍と言うだれにも理解できる形の物語になったかも知れないの。民話や伝承の中にはそんな話しがいっぱい詰まっているの。江戸の歴史を記録した武江年表にもね、UFOらしき物の記録が残っているのよ。勿論本物のUFOかどうかは疑わしいけどね」
 紗羅は熱心に話してくれるが、祐介は話しについて行けない。
「紗羅さんが真面目にUFOのことを調べてることはわかったけど、民俗学やってるなんて、もうびっくりだよ」
 祐介は笑って言ったが、意外な紗羅の一面を知って複雑な心持ちがした。

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